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『三番目の幸せ/EPO』

2008 12/24 15:58

僕的レア・グルーヴ(351)

『Rare groove』

「80年代の中頃、イギリスのDJ『Norman Jay』が、70年代・JB等の影響をモロ受けしたであろう、たっくさんのソウルやファンクの音源を掘り起こし、自身のラジオ番組で流したことが始まりである」、とされています・・・。

転じて、

レコード屋にて『ゴミ』の山とされているコーナーから(主に100円コーナー)、僕だけの『宝』を掘り起こし、その中から僕的には『明日現場で回してもOK』な音源を発掘する行為。

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今日は『EPO』です。名曲、というか僕の心の中の1曲です。すばらしい曲です。

関係ないけど今日はクリスマス・イブなんですね。これから僕は中学時代からのマブダチ(勿論男)の家に泊まりに行ってきます。キモチワル!!ですね、自分でも。何の予定も入れず、一人あえて松屋に行こうと思っていたんですが、ちょっとマブダチにのっぺきならねぇ事情が。まぁ、ここ最近世間を騒がしている景気の悪さ、ゆえのあれです。相談に行ってきます。しかし酷い世の中ですねぇ。一時しのぎなんですよ、解雇なんて。全然意味ないです。もうすぐ出かけるので今日はいつもより早い時間に更新、というわけです。そんな一般的にはイベント的な日にも関わらず、アクセス解析を見るといつもと変わりなく、いつもと同じ感じの人数のアクセスをキープしていて、何だかありがとうございます。

多くはないですけどここに来て頂いている方にお礼を申し上げます。

A面『三番目の幸せ/EPO』(1987)
Words & Music EPO Arranged by Horuo Kubota


Epo

三番目(さんばんめ)と書いて『みっつめ』と読むようです。この曲がリリースされた87年。当時僕は2浪目でありつつ学生でもあるという不思議な時期でした。

1年浪人し武蔵野美術大短期大学アパレル・デザインコースというところに合格して通っていました。当時美大の倍率といえば恐ろしくて、しかも僕の第一希望であったグラフィック・デザイン科は凄い人気で、28倍とか30倍とか年によって多少の変動はあるものの、とにかくそれぐらいでした。芸大のデザイン・工芸科は確か50倍だったような気がします。今では考えられない現状ですけどこれはマジでして、武蔵美短大でも僕が一番行きたかった本命のグラフィック・デザイン科は14倍の倍率でした。よって僕世代より2~3歳ぐらい上から僕世代より5~6歳下ぐらいまでの美大卒の方々は、相当上手いと言うか、できる、と思います。いや、自慢とかでなくて。1965年ぐらいから~1975年ぐらい、この間で生まれた方々ですね。最も子供の多かった世代です。そんな中、単純に倍率が3倍ぐらいだったって理由だけで、ほとんどスベリ止め的に受けたアパレル・デザイン科、そこしか受からなかった、ということだけで通っていました。が、やっぱり自分のやりたいことと違うし、『秋頃までにはミシン買っといてね』と教授に言われて、確か2ヶ月ぐらいで辞めたくなり、親に相談、やめさせない、けど気持ちは分かる、来年受けなおした時どこも受からないって場合もある、だから休学にしておけ、ということで休学にし予備校へ逆戻り。夏ぐらいから2浪目が始まったのです。かなりの親不孝ものです、今考えると。で、アパレル科の教授からは『来年、必ずどこかしらは受かってよね』と言われ、そりゃ勿論僕もグラフィックが学べるならどこだっていいから受かりたいよ、と思いつつ、何で?と聞くと『アパレル科は来年生徒を募集しません、要は無くなることが決定したから』と。ハァ!?!

『そうなると、あなた一人と私だけで、あなたのためだけに授業をやらなければならないのよね・・・』

(因みに教授は女性・おばちゃん)

はいはい、さいですか。っておい。

当時、言っちゃなんですけど、服を専門にやりたい場合は(今もか)専門学校に行ったし、そのアパレル・コースは半分以上の人が僕のように、他の美大のスベリ止めとして受け、仕方なく?来ていました。それを学校もちゃんと分かっていたんですね。

そんなことよりも、この少子化に伴い武蔵美は、短大自体を5年前に廃止。考えられません。よっぽど子供がいないんですねぇ・・・。全入ですからね、時代は。

いくつかの大学のグラフィック・デザイン科を翌年受けました。が、やはり同じく武蔵野美術大短期大学グラフィック・デザイン科のみ合格。嬉しかったんですけど、どうも同じ大学に(しかも同じ校舎)次の年また通うっていうのもなぁ・・・でした。階が違うだけで。

話は相当それましたが、そんな2浪目の時、実家に『学校辞めたい』的な相談も含めよく帰っていた時です。TVから爽やかなメロディーが流れて来ました。良い曲だな、良いメロディーだな、そう思いました。それがこの曲のサビの部分、花王ソフィーナのCMでした。

来年、落ち着いたらシングル盤を買おう、そう決めていたんです。で、当時住んでいた近所のレンタル屋で借りてきたのが最初。やっぱり凄く良かったので、すぐ買いに行ったのを覚えています。

今回は歌詞から書きます。当時からこの歌詞には不思議な気持ちにさせられました。

『ひとりぼっちは自由でいいわ』、『ひとりぼっちも大事な時間』。

こんな歌詞はそれまで僕は耳にしたことが無かったのです。えぇ!?!誰かといたいとかさ、明日からは一緒だぜ、みたいなさ、そういうことじゃないんかい?と、かなり何と言うか・・・、何かやられた!!って感じだったんです、とにかく。さらに歌詞はこう続きます。

『心の世界のわがままを 互いに知ったら嫌いになるかしら』

何だそれは?と。心の世界とは何だ?どういうことだー!?!みっつめって何ダァァァァ!!!って。その頃は思っていました。

僕は既にバツ1なんですが・・・。めっちゃ分かります。今は。タイトルの意味も・・・。

87年、この曲を作った本人EPOは、当時27歳。そうかぁ・・・、僕で言えば結婚した頃です。年齢で全て判断できませんが、そりゃこの辺に気付きますねぇ。こういう歌詞を作る人は他人との幸せは掴みにくいでしょうねぇ。僕もそうですけど。勝手なこと言っててすいません、ですけど。

さて、やっとこさ曲構成です。Aメロ+展開+サビ、と基本です。ニュー・ミュージックな雰囲気はこの時期の日本の音楽には欠かせません。ンホンホ言うラテンな楽器、あれ名前なんていう楽器名なんでしょうかね。それが後ろでなってたり、ピアノを主としたアレンジ、女性コーラスのアレンジ、それら全てがすばらしく、なにしろメロそのものが良い曲です。

このアナログ・シングル盤、100円で余裕で見つけられます。見つけたら即買いをお勧めします。

EPOで『矛盾の中で生きてる』という曲があるんです。これもすばらしい曲です。いつか取り上げます。

以前はなかったんですけど、今探したらライブ映像がありました。残念ながらレコーディング音源の方が良いかなぁ・・・。↓
http://jp.youtube.com/watch?v=9C1pthEBO0o





B面『いつか(SOMEDAY)』

Words by Minako Yoshida Music by Tatsuro Yamashita

Arranged by Haruo Kubota

これこそニュー・ミュージックですねぇ。

作詞はファンキーねぇちゃん吉田美奈子、作曲は山下達郎兄貴とくれば、悪い訳がありません。達郎兄貴、80年の大ヒットシングル、『RIDE ON TIME』収録アルバムの1曲目、それのカバーです。

『ドーン・ドド』と『ン・ド・ド・ドーン』な16のリズムで、爽やかに始まります。

曲構成は、Aメロ×2+サビ+展開、と分かりやすい基本の構成です。繰り返しが多く、極端な差もあまりない曲ですけど、良い曲です。

歌詞内容は、まんまですけど、いつか一人じゃなくなる、いつか何かがみつかる、という内容。



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