日記・コラム・つぶやき

『人の性癖を笑うな』

ニュースを観ていると性犯罪もネットという新しいメディアの登場により、実に多様な形で具現化されている。全部ではないけどその手の話の種類によって、フォローしたくなる衝動にかられることもある。

言うまでもなく、被害者の負う心の傷、精神的な傷は深く、法に触れる行為に同情の余地はない。絶対に許される行為ではない。

僕が言いたいのは、下着泥棒で捕まり自宅を捜索したら女性モノの下着1000着が押収されました、的な話の場合だ。念の為言うけどこれも全てではない。

問題は、本人も治したいと思っていても治らない・治せない病気である、ということだ。

全員ではないにしろ多分ほとんどの『特異性癖』を持つ人は治したいと思っているはずだ。

僕は変態で、2つのフェチがあるが、1つは淫語フェチである。もう1つはとても恥ずかしくて言えないが、幸い、どちらも犯罪には繋がらない性癖だ。言葉に非常に弱く、ソフトに言われ、なおかつ何でもいいんだけどエロい単語を繰り返し、

ほ~ら、シコシコょ、シコシコシコシコ

とか言われたりするともう、すぐにいってしまう。笑えるようなことであればあるほど僕的にはきてしまう。まさに『人のセックスを笑うな』、転じて『人の性癖を笑うな』、だ。

もうちょい具体的に言うと挿入時に、

『ほら、マ●コでシコシコしてるわよ』

とか、

『おち●ちんが出たり入ったりしてる、こんにちわ・さようならって』

など・・・。おかしいでしょ?これは・・・、まずいない、言える人。MはMでもただ単になじられる、せめられる、じゃない。

もし、いわゆる普通のセックスだった場合、いけなくはないけど最低でも1時間、下手すりゃ2時間ぐらいかかってしまう。いやホントに。これはこれで相手が参ってしまう。

今は一人だが結婚していた頃や彼女がいた頃に、勿論その辺を話してはいた。それでもなかなか・・・、つーか誰一人言える人はいなかった。ま、それが普通だ。

普通のセックスじゃダメなの?

と、最中に言われたこともある。自分だけ気持ち良くても良くない、お互いが気持ち良くないと嫌だし、したくないことを仕事でもないのに強制はできない。

仕方がない?ちょっとニュアンスが違うけど、しょうがないから別な彼女の時だけど『俺に唾ひっかけてみて』、と言ったところ今度は、

エスカレートしていく一方よ

とい言われ、それを最後にその彼女とはなんとなぁくセックスはなくなり半年後、別れた。

セックスの時にその手の要求をし断られるってことは、『お前が愛されてないからだよ』と言われるかも知れない。でもちょっと違う。その辺はさすがに馬鹿な僕でも分かる。最初に僕の性癖を話すと、『大丈夫、できるわ』って人と、『ごめん、淫語は言えないかも知れないけど付き合って欲しい』って人とか、様々。ただハッキリ言えるのは、できるわって人でも1年半が限界。その彼女が最長だった。唾もペッペッペッペッ、よく飛ばしてくれた、1年半はね。2~3回ならまだしも、毎回毎回、何年も続けてそれはやっぱりきついようだ・・・、そりゃそうだ。人生は長い。

決して料金は安くないが、今僕はテレフォン・セックスに大変お世話になっている。最低の行為かもしれないが、誰にも迷惑をかけず、お金さえ払えば好きなように言ってもらえてすぐいける。とは言え、そんなプロ相手でも、

真っ赤なデカマラチンポコって言って、

とか言うと、引かれて切られる。これまた仕方がないので節操なく言ってくれる率の高い、熟女系の場所を選んでかける。別に熟女好きなわけではない。若い子はほとんど言えない。

『普通のセックス』がどんななのか、僕にはよく分からないが、非常に普通になりたい。兆しはあったけどここまで酷くなかった20前後の頃に戻りたいとも思う。医者にかかっても治らないし、ましてや薬を飲んで治るものでもない。でも本人は本当に治したいと思っている。

覗きや盗撮や痴漢、強姦や下着泥棒などの法に触れる性癖ではないってだけで、僕のそれは種類が違うだけで本質的には何ら変わらない。

だから田代まさしとか非常にフォローしたい衝動にかられる。

精神病と性癖、このどちらも、医者に行って治ったって話しを、僕は今まで聞いたことがない。現時点ではハッキリとした解決法がないのが現状である。医者には悪いけど。

もはや本人が我慢する以外にない。これは言うまでもなく、非常に『本人の性格』的な部分に近く、性格を変えろ、と言われていることに等しい。なかなか変えられないでしょう。変えられます?

変えられるならとっくに変えてる。

淫語言えるわよ、わたし

という特異な女性がもしいらしたらメール下さい。

って趣旨が違ってる。

2006 6/25 8:27

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『いじめ』

2009 4/19 23:35

それにしても浅田真央は凄い。あれでまだ18歳ってんだから驚きだ。トリプルアクセルなどの難易度な技における回転不足の減点暖和、だそうだけどとても正しい。スポーツとはいえ、ほとんどアートに近いフィギュアスケートにおいて、難しいとされる『技』に重点を置くのもいかがなものか。曲芸じゃないんで。前回の世界選手権ではキム・ヨナに負けた。確かに『技』の部分では負け、なのかも知れないがその他の、手先や足などのしなやかな動き、表情、顔やスタイルそのものは、浅田真央の方が勝っている。つまりアート性などを含む全体では、勝っていると思う。キム・ヨナは、気持ちが入っているのはよく分かるが、観ていて痛々しく、何より全体的な印象として、鬼気迫る感じが怖い。

美大受験浪人の頃、僕のデッサンを観た講師が、

『お前のデッサンは線が凄くてさ、頑張ってるんだろうなぁって感じが凄く伝わるよ、でもさ、気持ちは分かるけど、芸術の場合、それが邪魔になる時があるからさ』

と言ったことを思い出す。気持ちが前面に出ててもサッカー等は嫌味にはならないと思うけど、フィギュアやシンクロなどのアート性の高いスポーツになればなるほど、その講師の言ったことと重なる。




都内の駅のほとんどが禁煙になってしまった。

理由はいろいろあるんだろうけどその中の一つに、

ホームにいる吸わない人達から、

『煙りがくる』

との苦情が多い、と約1ヶ月ほど前のヤフォーニュースで観た記憶がある。ウマシカ?もしかしてあなたは煙りって今までに観たことない?以前書いたJR山手線渋谷駅などはあの人の多さに加え、わずか2ヶ所の灰皿。2~3分で10人ぐらいにはなってしまう。10人ぐらいが一気に吸う訳で、それは

しょうがない

ことなんじゃないのか?

それぐらい我慢しようよ、悪いけど。

前回(2008 11/30『水掛け論』)は吸う人間のマナーも悪い、と僕は書いた。が、今回ばかりは公平には考えられない。

ここから先は、全く思っていないがあえて書いてみる。

分かり安い共通言語としてあえて言うが『デブ』、これはどうする?なんとなくだけど電車の座席は長い方、七人がけになっている。が当然1.5幅の人も座っているし、2幅の人が座っている場合もある。かと言って0.5や0.7の人が座っている確立はかなり低く、特に通勤時などは1以上男の人がほとんどだから、バランスは取れていない。ガンとして詰めないで動かないおばちゃんもいるし、狭いのにどうしても新聞を読もうとするおっさんもいる。念のため言うと僕は身長170cmの56kg、痩せている。0.8~0.9と言ったところか・・・。正直大迷惑で、『おいデブ、お前は座るな』、と思うけど(本当は思わないけどあえて)、

しょうがない

と思っているから、苦情を言う気にはならない。

仕事で朝一の山手線に乗ることも多いが、物凄く香水がきつく頭が痛くなるほど派手なOLやおばちゃんもいる。鼻息だけでも物凄くニンニク臭いサラリーマンがいたり、仁丹?臭いオッサンがいたりで朝から頭がクラクラする。正直大迷惑で、息を止めていることも多く、『近づくな』、と言いたいが(本当は思わないけどあえて)、

しょうがない

と思っているから、苦情を言う気にはならない。

酒臭い奴もいれば新幹線などでは、車両全体がスルメイカ臭い時だってある。プチ宴会をしている奴だっている。僕は花見に興味がない。以前僕は川沿いに住んでいて、桜が凄く綺麗な場所だった。この時期は毎日花見で盛り上がり、夜中までうるさかったけど、これまた、

しょうがない

と思っている。

いやいや、デブや臭いは煙と違って健康を害さない?

じゃあ言うけど、ハッキリ言って我々が口にしている食物や、幹線道路や大きな街道沿いに住んでる方が比べものにならないぐらい、害だ。海外旅行での『食』とか。海外に行かなくても、以前こんなことを目にした。ある居酒屋の昼の時間帯に入って、担当編集者と定食を食っていた。カウンターに通されその位置からは厨房が丸見え。料理人があやまってから揚げを落とした。まな板の上などではなく床に。勿論油まみれになった。ジャージャー水が垂れ流されていたから洗剤?なども混ざっていたと思う。から揚げってこともあり見た目はテカっててよく分からない。何事もなかったようにそのまま皿に乗せられ運ばれて行った。僕と編集者はから揚げ定食を頼んでなくて良かったね、と笑った。

もし『煙は害』を口にするなら、その人には完全健康食品しか食わないで頂きたい。卵を買うにも、どこの何て餌を食わせて育てた鶏からの卵なのか?そしてその卵を産んだ鶏はどれぐらいの大きさの仕切りで飼育され、その場所は日当たりがどれぐらいだったのかとか。飼育された地方の気候はどうかとか、アホみたいに全てにおいて拘ってもらいたい。タイってオッサレーとか、東南アジア系の国への旅行は一切行かないでもらいたいし、吊革は軍手か何かで握ってもらいたい。ついでにベジタリアンにもなってもらいたい。さらに言うと、植物だって生き物だ。いっそ、何も食うな。

また言うが、なぜ『煙が単純に嫌い』、と言わないのか。決まって『害』を言う。ここがとにかく気に入らない。『害』を上げる人は偽の正義感だ。

嫌い、と言う理由だと、なんとなぁく心が狭い人、とか、硬い人、ってイメージが心のどこかにあるから言わないんでしょ?うん、心が狭いし硬いんだよ、君たちは。ただ、それを恐れるな、ハッキリ嫌いって言えばいい。

『好き・嫌い』、これほど分かりやすく単純明快な理由やコンセプトは他にない。

僕はハンバーガーが好き、
僕はハンバーガーが嫌い、

しょうがないことで、もめる原因になんてならないよ、そんなことで。

今回の全面禁煙の理由は

『煙が嫌いなんだよなぁ・・・という人が多かったんス』

でなくてはならない。とっても良く分かる。何だよ、煙がくるって。そりゃくるよ。

この昨今の喫煙者に対する神経質具合は、僕が『本当は思わないけどあえて』と書いたところの前の部分を、言われてることに他ならない。




転じて、要は、分かりやすい・攻撃しやすい『煙り』、の部分だけに重点を置くのは、それは発想としては

『いじめ』

と同じことだ。




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『挨拶』

私は、

まことに勝手ながら、これから個展の準備に本格的に入るため、今後約1年間、ここの更新は週1程度になると思います。もしくは週2かも知れませんし、3週に1、かも知れません。自分でも分かりませんが、最低でも週1での更新は守りたいと思っています。

本当に少ないとは思いますが、毎日ここを楽しみにしていた方がもしいらっしゃったら、と思い、今回はこんなことを書いています。僕自身、『ほぼ毎日更新』を望んでいますが、どうしても、と言ったところです。ネタもまだまだあります。

もうすぐ僕は41歳、自分のやっていることに対して言い訳は通用しないし、また、言い訳を言ってる場合では最早ありません。

自分のやっていることに『順番』がある訳ではありませんが、客観的には、そう取られてしまっても仕方がないことでしょう。

とにかく、ここを今後共宜しくお願いします。

2009 3/12 3:07

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『レコード日記』

2009 3/8 23:41

『レコード日記』

よく行くレコ屋2軒でセールをまめにやるようになった。

どちらもここ数ヶ月の間に閉店を決めていて、それに伴い『セール』なので、レコードファンとしては悲しい限りである。

仲良くなった某レコード屋店長さんと、去年こんな風に話した。

僕:『レコードそのものの値段が全体的に下がっていますね、ここもシングル盤10枚以上お買い上げの場合は1枚70円で計算します、ですもんね』(因みに今はやっていない)

店長:『う~ん、ですねぇ、時代の変化に加えて特にLPは大きいので在庫スペースが大変なんじゃないんですかね、どこのお店も』

もういよいよな感じが臭いまくりだ。

そんなこんなしているところに、ある20代後半のお客さんが、レコードの買取希望で40枚ぐらいのレコを運んできた。僕はこういう場面に2~3回、遭遇している。

店長:『すいません、これですと値がつくのは1~2枚ぐらいですけど・・・どうします?』

持ち込み君:『持って帰ります』

うん、それがいいよ。

自分も15年ぐらい前だろうか、200枚ぐらい売ったことがある。その時点で既にそうだったが、パァーッと観て買い取りできるものと値がつかないものと分けられ、値がつかないものに関しては、持って帰るか聞かれる。値がつかないことに驚いたけど仕方ない、じゃ持って帰ります、と、持って帰ってきた。しかし、売りに出した理由が、結婚→一緒に住む→狭い→あんたそんなもの売るか捨てるに決まってるでしょうよ、と言われる→泣く泣く売る、だったから・・・。まぁ、悲しいかな、レコードなんてものは、誰のレコードであろうと良さが分からない人にとっては、ただのゴミ同然。スポーツのように数字で勝ち負けがハッキリ出ない芸術の、いみじくも良くない、そして良い点である。値がつかない全部を持って帰る訳にはいかず、さらに泣く泣く20枚ぐらい選んで、先妻の目を盗んで持ち帰った覚えがある。100枚ぐらいに値が付き、合計で1万8千円ぐらいになった。売りに行ったお店はユニオン国立店、今でもハッキリ覚えている。何がいくらで買い取られたか表になっていて渡して貰える。どこいったかな。取っておけば良かったなぁ。確かビートルズとフランク・ザッパは高かった気がする。他は200円~400円程度がかなりあった。結局『先妻』と書いた通りで、離婚してしまったが、今ではその時売ったレコもほとんどまた、レコで買いなおせている。厳密にはあと数枚。これがなかなか無いんだよなぁ・・・。

つーか、俺は何やってんだか・・・。

今でも、中古ではなく新譜のレコードが買える、渋谷のレコ好きには有名な某レコ屋も、先日行ったら1Fの半分弱のスペースが、T-シャツやらパーカーになっていた。T-シャツやパーカー買おう!!って時にその店に行くかな?まぁ、仕方ないのかなぁ。当然視聴して気に入ったレコードを買う。そこでは大体月1~2ぐらいの割合で、行っては視聴して一番気に入った音源を必ず1枚買ってくる。是非とも頑張ってもらいたいものである。いや、お店は頑張っているんだろうけど。これを読んでるレコードファンの方、なるべくお店に足を運んで買って欲しいと思う。まぁ、ネットで買うと楽だしなぁ。因みに僕はお店の回し者でもなんでもない。

昨日は、全品半額セールのお店、100円レコードが充実している店、普通の中古屋、などなど、計5軒ハシゴして、久しぶりに買いまくった。

買ったアナログレコードは以下の通り。

Sammy Steps Out/Sammy Davis Jr
Songs From The Big Chair/Tears For Fears
『Foxtrot/Genesis』
『いろはにこんぺいとう/矢野顕子』
『Rise/Herb Alpert』
Armed Forces/Elvis Costello And Attractions
Purple Rain/Prince and the Revolution
(なぜか『Shes Strange/CAMEO』のアルバムも入っていた)
『伝統破壊/Tradition Breaker
『ファースト/Buchanan Brothers
『1984/Van Halen
Arthur The Album/O.S.T.
New Beginnings/Monday Michiru』(12inch)
『東京あたり/ザ・ナンバーワン・バンド』

以上が100円。

TRON/O.S.T.

この1枚は普通に中古屋さんで。

Sunrise/Simply Red』(12inch)
The Geisha RemixGirls Show/続・炎のおっさん』(12inch)
『セカンド/Barbi Benton
Ordinary Fool/Paul Williams
LIVE!/Bob Marley And The Wailers
Sing No Sad Songs For Me/Lorez Alexandria
For Swingers Only/Lorez Alexandria

(ここからシングル盤)
『うちあけばなし/九重佑三子』
『思いがけない別れ/小川知子』
『冬の星/伊藤咲子』
『花びらの涙/岡崎友紀』
『ディスコ・ドリーム/大場久美子』
『東京オリンピックハイライト』
『悲しみのアリア/石田ゆり』
『月影のドンチュッチュ/ゴールデンハーフ・スペシャル』


以上が半額セールのお店にて。
(何も表記がないのはLP盤)

計29枚。持って帰ってくるのが結構大変でした。某ショップは紙袋に入れてくれたけれど、10枚入れると切れそうだったな(笑)。

レコードって良いんだよなぁ・・・、なぁ~んでだろ。節操なく、また、とりとめもなくノンジャンルで買ってるようだけど僕の中ではちゃんとある。僕にしか分からないんだろうけど。

今回、100円で買ったモノのレベル(状態)がとても良くてビックリ。なぁんだろうなぁ、いや、良いんだけど、別に。関係ないけど、中古でも何割かアーティストにお金が行くようにした方が良いんじゃないのかなぁ、とか、思う。プレミアがどんだけついていても一切アーティストには入らない訳ですよね?もっとも、僕の仕事(絵・イラストレーション)よりは全然、何倍も音楽業界の方が、これでもその辺はしっかりしているけど。

半額セールのお店、行った時は凄い人でごった返していた。1時間半ぐらいいたけど、途中客が引き、店内の客が僕だけになった、10分ぐらいだったかな。その時店内には大音量で↓がかかっていた。

http://www.youtube.com/watch?v=PlAbdpZSna4&fmt=18


最初は店員さんは一人、途中から店員さんがもう一人来て二人になり、お互いが『この曲知ってるか?』、『これは○○バージョンがあって、それがヤバいんだよ』、などとやり取りしていた。こういうことって凄く大事だよなぁ。

昨日は久しぶりに凄く天気も良く、店内に入る木洩れ日に当たりながらのこの店内BGM、なんか、とっても感慨深かったなぁ。

ただ綺麗な曲、としか思っていなかったけど、ちょっと違って今では聴こえる。

合掌。

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『バブルでサブプライムで恐慌で人気のない僕』

2009 2/1 0:38


まず、『バブル経済』をなるべく簡単に、小学生でも分かるように書いてみる。


A君:『ところでB君、俺の北海道の●●って土地1000円で買わない?』
B君:『え?買わないよ、第一北海道?行かないもん・・・』
A君:『だからお前はアホだっつーの、俺だって行ったことねぇよ、今は景気も良い、その土地はな、海沿いで景色もすばらしいんだよ(行ってみたこともねぇけど)、今後バンバンリゾートマンションやらホテルやら建つから、その時買った値段より高く売ればいいんだよ』
B君:『そうか、じゃ買うよ』

しかし、その土地を持ってても今すぐどうこうするあてもないB君、

B君:『ところでC君さ、俺の持ってる北海道の●●って土地1500円で買わない?』
C君:『え?買わないよ、第一北海道?行かないもん・・・』
B君:『だからお前はアホだっつーの、今は景気も良い、その土地はな、海沿いで景色もすばらしいんだよ、って俺も実際に行ってみたことはねぇけど、今後バンバンリゾートマンションやらホテルやら建つから、その時買った値段より高く売ればいいんだよ』
C君:『そうか、じゃ買うよ』

C君:『ところでD君さ、俺の持ってる北海道の●●って土地2000円で買わない?』


これのエンドレス、ヘビー・ローテーション。


実際には行ったことも見たこともない、そして大して欲しくもない土地を机上の書類のみでやり取りし、汗して働くこともせず、売り抜け儲けていった。価値などない(空気の状態)のに値段だけがどんどん泡のように膨らんでいったこと含め、『バブル』と言い、結果いつまでもそんなことが続く訳もなく、最終的には値を下げても買い手が見つからなくなり、バブルがはじけた、と言われた。景気が良く、みんなが欲しい時は値段(価値)は上がる、誰も欲しがらなければ値段は下がる、どころか誰も買わない。


レコードと似ているなぁ。


もう一例。たとえば、『ビル』=『ジャズのレコード』、と考えると分かりやすいかも知れない。


アメリカ君は、ある自社ビル(ジャズのレコード)を持っている。そのビル(ジャズのレコード)は大して価値など元々ない。しかしビル(ジャズのレコード)にあまり詳しくない、それ系に入りたての日本君にアメリカ君がアレコレいんちき説明を繰り返し、いかにこのビル(ジャズのレコード)が良いかを説明し倒す。日本君は戦後コツコツ真面目に、実に真面目に汗して働き、信用のある車、信用のある電化製品を作り、よく売れ、円は信用を得たし強かった。それを面白く思わない人達が沢山いた。日本君が、買おうかなぁ・・・なんて迷っていると、横からどこからともなくイギリス君が『俺も買おうかなぁ・・・』と揺れる気持ちをチラつかせる。日本君は焦り、今後の付き合いも考え、じゃ買うよ、と買ってしまう。ところがそんなビル(ジャズのレコード)持ってても意味がない、というか、こんなものいらないなぁ、本当に価値があるのかなぁ?になる。そりゃそうだ、そんなもの元々価値なんてない。やっぱりいらないなぁ・・・、売ろう、と思いきや、元々価値のないものだから人気もない、買った値段より下げないといけない、半額ぐらいまで下げる、それでも誰も買わない、もうただ同然でもいいよ、となった時、『仕方がない・・・買ってあげるよ』と、恩きせがましくフランス君が出てきて買ってくれる。すまないねぇフランス君なんつって真面目な日本君はフランス君をありがたく思う。ビックリなことに、アメリカ君とイギリス君とフランス君、実は『偽世界ビルレコ社』という同じ系列会社の各国の支社長で、全部やらせだった。『偽世界ビルレコ社』は、元々持っていたビル(ジャズのレコード)を書類上で日本君に高く売り(1000円ぐらいで売り)、最低の金額でまた買い取り(50円ぐらいで買い取る)、お金は入るしビル(ジャズのレコード)は自分のところに戻ってくる、という、ほとんど動かず汗して働かず、お金だけが入ってくる。


僕は経済学者でもなんでもないので詳しくは知らないけど、おおよそこんな感じなハズ。これがバブル。ほとんど詐欺だ。


堀江くんのやっていることはこれと同じじゃないけど、大きく見ればビルが株に代わっただけでこういうことだし、こういうことで金を手にした人を『勝ち組』と言うのは何かがやっぱりおかしい。『心』の部分だ。きれい事を言うつもりは全くないが、友達になりたくはない。世の中にはまさに『心』のように、ハッキリとは目には観得ない、掴めないことであふれているからこそ、大事なことだ。『愛』だの『夢』だの『友情』だの、大切なものになればなるほど、ハッキリと形あるものではなくなる。逆に『金』だの『点数』だの表面的なことの方が分かりやすく、一番簡単で楽なことだ。稼ぐことが楽と言っているのではない。飯をみんなで食いに行き、均等に全員で割り勘、これとっても分かりやすい。生きているとこうもいかないことも多々ある、という意味だ。


世界的な不況になってしまった。


『バブル経済』という言葉は、あまりに使われ過ぎだけど、実は意味が良く分からない、という人も多いと思われる。特に僕より下の世代の方々。今現在30歳前後の人でも既に『?』の人、結構いるんじゃないかなぁ、と思われる。バブル・・・、15年~20年前ぐらいによく聞いた言葉だ。僕はその頃丁度学生を卒業し、本人が望もうが望まなかろうが、社会に出なければならない、頃だった。日本といえば『経済』、『経済を学ぶなら日本』、今では考えられないが、1990年前後はこんな風に世界から日本は思われていた。実際沢山の就学生(この言葉も懐かしいなぁ)が来ていたりもした。原宿のホコ天、上野、池袋、辺りは沢山のアジア系外国人がたむろしていた。勿論景気も良かった。就職先も選び放題。その後『バブルがはじけた』という言葉を繰り返し繰り返し聞かされた。僕は就職はしないで絵を描いて、持ち込みに行く準備をバイトしながらしていた。『財布の中身など気にしたことがない』・『次の号は海外取材に行きたいからって会社の金で好きな国に行き放題だった』、という話は腐るほど聞いた。その頃は絵を描いて準備していたので、実際に持ち込みに行き、仕事をもらえるようになり、プロになった瞬間、『バブルがはじけた』状態になってしまい、僕自身は全く美味しい目にはあっていない。


今回の誰も予想しなかった不況の根源となった、『サブプライム・ローン』もほとんど似たようなもんだ。


バブルもサブプライムも、共通している要因はどちらも『不動産』が根源だ。さらに繰り返すけどレコードの世界も非常に似ている。完全にレコードの世界では市民権を得ていると言えるたとえば、『Freak Out/Frank Zappa』の初回オリジナルアナログ盤の相場がいくらかなんて知らないけど、状態にもよるだろうし、仮に4~5万だとして。しかし、Frank Zappaに興味のない、又は嫌いな人からしたら1円の価値にもならない訳である。


家を買う、こと自体がブームになる、もうこの時点でおかしい。4、5万で買える代物じゃないものがブームになんて、誰かが仕掛けないとブームになる訳がない。この時点でほとんど詐欺でしょうよ。


頭が解けてんじゃないかなぁと思う石原都知事がやって大失敗した、『新銀行東京』も似ている。奴はこれの失敗の責任を全く取っていない。東京でオリンピック?アホか。そんな安易な『エンタメ』で経済が良くなるとはとても思えないよ。一瞬は良いかも知れないが長期的には絶対に無理だ。北島康介を観ていると歯がゆくてしょうがない。


元々土地や建物、不動産関係のことなど、ややこしいしそれを専門に学んだ人にしか分からないことだらけ、にも関わらず、返す当てのないようなパンピー相手に、いわゆるサブプライム(二流の)な人に、良い話ししかせず、家を買わせ、実際買った時より高く売り抜けた人なんてほんのわずか。


そもそも成功例として話すのに、僕が『売り抜けた』と書いてしまう表現が既におかしい。


売ったということを証明する書類や、返済してもらえることを証明する書類等をまとめ証券化し、もはや誰の所有物か分からなくなってしまった物件が山ほどある。


以前、サブ・プライムによるアメリカの郊外に立ち並んだ沢山の無駄物件を、ニュースか何かで見た。詳しい説明なんてほとんどされなかった、と泣いてる黒人のおばさんと共に・・・。勝手に住んでしまえ!!注意されたらどく、しかも隣の家へ、みたいな。公的資金を投入する場所を間違えている。ほとんど騙されて買ってしまったそのおばさんや、ほとんど詐欺にあったと言っていい市民に、公的資金を投入すべき。騙される方が悪いってか?じゃ、詐欺って認めることになるけどいいのかな?


確実に悪い奴がいる。


2004~5年頃だろうか、日本でも株が流行った。回りでも、始めた人間が2人いる。どちらもやって良かったね、とはとても思えない。価値が変動するものには特に気を付けた方がいい。自分しか儲からない裏ワザを知った場合、それを他人に話す訳がない。教えてくれたとしたら何か後で要求されるのがオチ、それが10年後、20年後って場合だってある。本当の詐欺になればなるほどそういうものだ。10年かけて信用させて騙す場合だってある。昨日出会ったとか、電話が・・・なんて詐欺はまぁだ良い方なのかも知れない(いや、良くはないけど)。


裏ワザを掴む才覚が自分にはないと感じたら、潔く株をやらない美学だってある。


言われるまでもないんだろけど全ての、『人気』、には気を付けた方がいい。


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『200万人の病気』

2009 1/28 1:14


関係ないけど昨日(もう一昨日か)間違ってヘイヘイヘイを観てしまったら、山田優とかいうともさかりえをひん曲げたような顔の女優?が出ていて、うん百万もする毛皮?のコートがどうしても欲しくて我慢ができなくて買ってしまった、と、で突っ込まれたハマちゃんに、誰か他の人に着られたら悔しいとか言い放ちやがりました。僕のレコード病と同じくこの人も病気?なのかな。人の欲望とか気持ちってのは理解できないものがある。是非、タレント?としてのポーズか嘘と思うようにしよう。じゃないとおじさん、怖いです。こういうある意味馬鹿みたいに突き抜けたわかりやす過ぎるアホの方が良いのかも知れない。一番困るのは『悪』とか何が悪いのかが、分からないことの方が一番タチ悪い。自分では手を下さず、部下を使っていじめたり。人を刺したりはしないけど死ぬようにもっていくとか。『あいついやな奴だなぁ・・・』と分かる状況は、実はまだ良いんだと思う。

そんな話はさておき・・・。

『アメリカって国はSEXの国なんだよ、つまりS=Screen、E=Entertainment、X=未知、不定の数、謎、X-fileとかのXのことね・・・』

と、以前仕事で世話になった人が言った。

以上の意味合い以外にも、SEXばっかやってる(あくまでもイメージ)、性に対して開放的なイメージ、など、タイトルまんまの『SEX』の国、が勿論意味合いとしてあるけど。僕はこれを聞いた時に、なるほどなぁ~、と実に納得してしまった。

それにしてもあの大統領就任式、集まった200万人の群衆はかなり危険だ。


●Screen
アメリカは映画という芸術作品を上手く利用しながら世界を圧倒してきた。ジェームス・ディーンにGパンを履かせ巨大な『スクリーン』に映し出し、ジーンズというモノを一般的にすることに成功した。Gパンってモノはカッコ良いモノなんだよ、と。僕の親の世代(現在70歳以上の人)には、それはないので、Gパンが一般的になったのは割と最近のことだと感じる。映画を宣伝媒体にもしてしまった。いくら『ネタ切れ』気味で日本のホラーを買い取って作るとかしていても、まだまだアメリカといえば映画、逆かな?映画といえばアメリカだろ、といったイメージは拭い去れない。また、世界でも一番ビジュアル(表面)を重視する国と感じる。


●Entertainment
物凄く広い範囲で言えば、今回の大統領選、出馬からオバマ就任までの一連の流れは、まさに『エンターテインメント』以外の何者でもない。非常によく考えられたエンタメだと思う。ここへきて『黒人初の』、を最高のタイミングで使ってきたなぁ、としか考えられない。就任演説に200万人が集まるなんて、リアル『フォレストガンプ』なことが、エンタメ以外では実現できないと思う。


●X
X-fileなんてものができてしまうぐらい、確かにその手のモノに興味を持っている国というイメージは確かにある。これに関しては、アメリカに限らないとも感じるが、それこそ白黒時代のTVドラマ『トワイライトゾーン』などはまさにそれで、そういう歴史を考えると頷ける部分も多々ある。


●SEX
これもやはりSEX先進国、性先進国と思える。ネットの普及によりもはや表も裏も崩壊してしまったが、僕が中学・高校~25・6歳ぐらいまで、今では世界1面白いと僕は思う日本のAV業界も、まだまだ途上の時期にあり、どこからともなく友達から回ってくるアメリカのエロビには、かなりお世話になった。元々モザイクの概念がないアメリカの作るいわゆる『洋ピン』(因みにタモリ倶楽部などで取り上げられるような、タイトルが笑えるやつとかその類のではない)は、単純に『スゲェなぁ~』、と思った。特に80年代が表現って意味ではピークで、古くはセカやマリリン・チェンバース、次いでトレイシー・ローズ、ニナ・ハートレー、クリスティー・キャニオン、ジンジャー・リン、といった女優がすばらしい演技を魅せた。以上、上記した女優の中でももマリリン・チェンバース~ニナ・ハートレーまでは、非常に表現もハードで性表現?セックス表現と言ったらいいのかな?が、物凄かった。中でも僕と同い年のトレイシー・ローズは、男優のチ●ポを掴んで自分の顔や口にピッタンピッタンブチ当ててみたり(勿論マ●コにも)、人としてではなく、単なるモノ、として扱った表現がとにかく凄かった。17歳の頃、今思うと僕は自分とタメ年の女優が10歳以上も上の男優相手にやりまくるビデオで抜いていたのか、と思うと、凄いを通り越し、シュール、である。さらに日本のアダルト女優の草分け的存在(当時はAV女優という言葉はなかった)愛染恭子は、『THEエロスvol.1 トレーシー VS 愛染 レズ狂艶』で、自分より10歳も年下のトレイシーと競演し、その中で完全にリスペクトしているのが伝わるほどであった。この作品は86年、僕は高校を卒業し浪人していた年だ。タメでも方や世界のトップポルノ女優、方や浪人生、何だそれ。ますます物凄いな、トレイシー。3年前ぐらいかな、当時付き合っていた彼女に『どういうのが良い?』と聞いたところ、『う~ん、モノとして扱って欲しい』と言われたことがり、その時は『?』だったけど、これを書いてて、こういうことか、と今思った。遅いっての。元々複数プレイとアナルは定番な洋ピンだけど、80年代も中期~後期になると、ダーク・ブロスなるレーベルから、よりハードな表現で90年代の『Gang Bang』モノに通じるような作品が出てきて、しょぽい偽ファンクなBGMも含め、かなり面白かった。僕の青春と共に『洋ピン』がある、と言ってもいいぐらい、『アメリカ=SEX』は、僕の頭の中に刷り込まれている。


きっと誰が大統領になったところで変わらないと思うけど、最初からこう言うのも良くない。

恐ろしいのは、こんな時代にも関わらず、アメリカは世界の警察、俺達は1番、俺達が世界を引っ張っていくんだ、転じて、

『アメリカ=正義』

を、まだまだまだまだ、まだ、続けるつもりらしい。これはもう病気だ。僕はレコード病だけど、アメリカは自分達の側からしか見ることができない一方的な正義病。何だよ、みんな何かしらの病気だなぁ・・・。しかも医者ではなおせないときてる。

あの群衆は、まだまだ続くよ、と言っているように感じる。




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『ズレ僕』

2009 1/9 4:00



言うまでもなく貧乏人なので、この正月のセールを狙って服を買いに出かけました。モノによっては普段の半額ぐらいで買えるので、逆にセール以外ではもはや買いません。

気に入ったアウターを買いたかったのです。できればレザーでちゃんとしたものを、と(動物さん、ごめんなさい)。

しかし、どっこのお店をみても大体一緒、綺麗に『ダウン』ばっか。ダウンが似合わない・あまり好きではない僕には本当につまらないです。2着ほど試着してみましたが何かが似合わないんです。体系?顔?髪型?似合ったとしても欲しくないんです。僕は痩せているので昔からタイト目の服が好きなんです。ボワっとしたシルエットがあまり好きではないのです。

それに引き換えレディースはいろいろなモノがあって良いですね。しかも安い。元教え子から来たメールには『アウター、トップス、パンツ、しめて6着買って1万2千円ぐらいだったよ~』でした。まぁ、買うお店にもよるんでしょうが、メンズでは考えられません。メンズでそれをしようと思ったら『UNIQLO』か『JEANS MATE』しかない。40にもなって、その辺行くのもなぁ~、どっちも欲しいモノがないしなぁ・・・。靴下とかパンツとかジャージとかならまだしも。

景気の悪さからか、メンズは本当に『無難』なモノばかりになってしまいました。いくつか好きなブランドもありましたが、その辺のショップもここ数年で随分と地味な方向になってしまいました。勿論、去年も一昨年もその前の年も、同じように正月のセールに出かけたのですが、気に入ったアウターはなく、買っていません。よって気に入ったアウターは2着ぐらいを4~5年着まわししている状態でしたので、今年はちょっと奮発してもいいから、本当に気に入ったモノ・なるべく長く着れるモノ・形がタイト目のモノ、を探しに出かけたのです。



Ore_scoopman

←●が2~3年気に入って着まくってるレザージャケット(羊)、『Scoopman M 黒』5万円だったものを半額で購入。

新宿・池袋を重点的に観ました。かなり観ました。ショップ数で言ったら30件以上は観ているハズです。しかし、1着も気に入ったモノがないってどういうこと?こうなると僕がおかしい、僕の方がズレてる、ということになります。1~2点、良さそうなモノもありましたが、正直、観るからに安い、って感じが漂います。特にレザーは合皮とかになると、よりそれが目立ちます。

この時点で既に日は落ちていましたが、仕方がないので銀座・有楽町方面に向かいました。銀座なんて高いじゃん、というイメージは僕もあります。なぜ銀座方面に向かったというと『DIESEL』があるからなんです。『DIESEL』は服というより時計やバックなどの小物類が好きでしてね。最近バックは微妙になってしまいましたが。この『DIESEL』銀座店は、アジアでも最大の『DIESEL』ショップでして。原宿店にしか行ったことがなかったので1度行ってみたかったのです。バッグを観に。しかしながら、ご他聞にもれず僕のチ●ポにくるモノは何一つありませんでした。



Diesel

←●コレもかなり気に入っていて、ほぼ毎日使うもんだからもうボロボロ1歩手前です『DIESEL レディース 緑』値段は覚えていませんがやはりセールにて半額ぐらいでした。1万5千円ぐらいだったかなぁ・・・。



因みに僕はファッション・ボーイ(ボーイって年でもないしな)でも、ブランドに詳しい訳でも、なんでもないです。

どうすっかなぁ・・・なんつってフラフラしていると、有楽町の駅前に丸井がありました。こんなところに丸井があったんだ、と今調べたら2007年に開業?開ビル?したようです。全く知りませんでしたが。その日は2日だったので人も沢山いました。一つ、たった一つだけ、『良いな』、と思える僕向きのショップを発見しました。でもその日は帰りました。分かります?この乙女心、いやいや、オカマ心。お店の方には失礼かも知れませんが、『僕が好きそうな服なんてどうせ売れない』、という変な確信があります(なぜなら上記した通り僕はズレているから)、2~3日考えて、それでもやっぱり気になるようだったら買いに行こう、と。2~3日考えました。

ここ何年か気に入ったアウターが見つからないしなぁ・・・ボワボワしてなかったしなぁ・・・値段もそこそこしたけどまぁ範囲内かなぁ・・・デザインも良かったしなぁ・・・あれならジーンズにも綿パンでもスラックス風でもジャージでも合うしなぁ・・・持ってるリュックやバッグ類も合うしなぁ・・・試着しておけば良かったなぁ・・・


4日後、有楽町に向かっていました。して、買いました。



(店)お客さん、靴カッコ良いですね、どこのですか?
(俺)コレ?・・・いやぁ・・・知らない・・・
(店)(笑)、じゃぁ上着預かります、荷物ココ置いちゃって下さい、おっ、インナーのジャージもカッコ良いですね、これはどこのですか?
(俺)コレ?・・・えっと・・・知らない・・・
(店)(笑)、おきゃくさん良いわぁ~、
(と、一通りの営業トークが済み、着てみる、キッツキツだけど良い!!)
(店)これは馬の皮なんです、馬は他の皮と違って結構着ていくとのびますよ、なのでピタピタな感じの方が絶対良いです、
(俺)コレ・・・買います!!
(店)ありがとうございます、丸井のカードはお持ちですか?
(俺)持ってるんですけど忘れたかも?
(店)カードで買うと、ここからさらに10%安くなります、
(ガサゴゾとカードを探す)
(俺)あっ、ありました、アッ、よく行くエロDVD屋のカードでした、すいません、

(爆笑)
(店)僕この前DVD借りる時、エロDVD専門店のカード出しちゃいましてね、店員さんが女の人で恥ずかしい思いしました、
(俺)そう?俺は女のかわいい店員さんの時にあえて3本ぐらい全部エロで借りますよ、『ベロ長美女に顔面舐められたい』とか、中でも一番変態なタイトルのヤツを一番上にしてね、その店員さんの顔を見るところから俺のプレイは始まってるんでね、

(爆笑)


なんていう、くだらないやり取りをしながら買いました。



Ore_lidah

←●買ったレザージャケット(馬)、『lidah M 茶』

丸井のカードを更新となんだかやるとさらに何千円だか安くなるとかなんとか言われて、時間を少し取られたんですけど、なんだかんだで本当は6万5千円だか7万円ぐらいのモノが、4万9千円ぐらいになっていて、さらに安くなり4万2千円ぐらいで買えましたが、やっぱり高いですね。服では(スーツやコートは除く)過去最高に高い買い物になりました。まぁ、少なくても数年、長ければ10年は着ると思いますので、そう考えればまぁ仕方がないのかなぁ、と。

それはそうと。

買い物も終わり、何年かブリに満足し、さてタバコでも吸おうかな、とキョロリング。一切喫煙できる場所、灰皿は置いてありませんでした、有楽町・銀座駅周辺で。お店に入るしかありません。おかしいでしょうよ、普通に考えて。差別ですね、ここまでくると。

有楽町・銀座駅周辺に、せめて1ヶ所でいいから灰皿をお願いしたいです。 合掌。




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『カス僕・2』

2009 1/6 0:53

昨日に引き続き、そんな化石な僕なんですけども、いくら自分であり続けたい、レコードが好きだ、と言ったところで『時代が許してくれない』、のであれば仕方がありません。


RANE SERATO SCRATCH LIVE

商品の詳しい説明とセットアップ
http://www.otaiweb.com/player/serato.html

コントロールレコードという、仮のレコードが2枚あって、そこの上に針をのせ、ノートPC内の音源をあたかもレコードでかけているようにプレイする、ようです。コントロールレコードって・・・。

BPMについての説明?だと思う
http://jp.youtube.com/watch?v=WNjlLHmrJ8g&feature=related

これまでDJの基本的技の一つとされていた『曲と曲を繋ぐ』、これをみると2秒で誰でも簡単に繋ぐことができる、ということになります。しかもデジタルだから寸分の狂いもない。分からない人のために言いますと、つまりBPM=曲の速さのことです。33回転のレコードを45回転にすると当然速く曲が再生されます。そこまで極端に変えるのではなく、ピッチつまみがついているので微調整をしながら、アナログの場合『繋ぐ』のです。かけている曲、次の曲のBPMを合わせ、どこから次の曲に変わったか分からないように、スムーズに繋ぐ、という。しかし、BPM(ピッチ)を変えればキー(音程)も変わるため、曲そのものの良さを変えない程度を考慮し、繋ぐ場合は似たようなBPMの曲同士で繋ぐことを考えたものなんですが(あえて思いっきり変えるとか、そういう狙いの場合は別ですけど)、この機材の場合、キーを変えずにBPMだけ変えたりもできるようです。ボーカルものもそうなんでしょうかね?ちょっと分かりませんが。

同じ曲でプレイ
http://jp.youtube.com/watch?v=NBnKBihA45s

ということは言うまでもなく、コピーできるので同じレコードを2枚なんて買う必要もない。


とまぁ、こんな時代になってしまいました。このソフト、最初の発売は2004年なのでもう5年も前になるんですね。僕は1年前ぐらいにコレの存在を知りました。遅。これの登場がシスコレコード倒産に繋がった、とどこかのブログだかニュースで観ました。確かに。レコードが益々売れなくなることに、コレが拍車をかけていることは確かだと思います。

僕はアナログで仕事をしてきましたが(フリー・イラストレーター)、当然時代が許してくれず、また、頑なにアナログでないと描けない、というタイプの絵柄ではないので、やはり約11年ほど前、デジタルを一式揃え、デジタルでも対応できるようにしました。未だにその判断は正しかったのか微妙です。一切デジタルはやらない、という選択肢だってあった訳ですから。実際、そういう方向性を選んだ同業者も2人います。僕から見て一人はそれで良かったねぇ、と思える感じで、もう一人はう~ん・・・、と言ったところ。まぁ、人それぞれです。

何かが便利になり何かを得れば、何かが消えます。

『もう沢山の重いレコードを持ち歩く必要もない、世界中を渡り歩くDJにとってあの荷物は悩みの種だったんだよ』

とDJ君達の各ブログでも書かれてありました。世界中を渡り歩くDJ、が一体どれだけいるのかがその前に疑問ですが。楽、便利、簡単、を我々が望むのであれば、次はノートPCを運ぶのが重いし面倒、になるんでしょうね・・・きっと。

『RANE SERATO SCRATCH LIVE』を実際に持っているという生徒に、話を聞いたことがあります。どんな感じ?と。『う~ん、ま、沢山持ってるネタから選んだり音源を作るのにはとても良いです』、でした。その彼がどこまで使いこなせているのかは分かりませんが、とにかくこう返ってきました。今月僕はまた、うちわのイベントにインチキDJとして参加するんですが、主催者くん(22歳、彼もアナログしかかけない)が言うには、『現場のターンテーブルはもう荷物置き場になってますよ』でした。

もう、小型デジタルオーディオプレイヤーだけ持って行けばいいんじゃないでしょうかね。これからの人は。全部作りこんだ30分なり45分なり1時間なりの、現場での持ち時間分の『自分の音源』を自宅で作りこんで、まんまiriverとかに入れて持っていく。現場で繋いで再生ボタン押すだけ。適当につまみいじってエフェクトかけたり、いっそ何もしないでタバコ吸ってるとか。たまにYoYoマイクで言ってみたり。それでも全然OKですよ。内容が良ければ。ノーパソを運んでる時点で僕からすると既に滑稽です。実際、約1年ほど前にインチキDJをやった時、一人のDJくんがiriverを繋いでかけていました。音質の良し悪しなんてほとんど一般の方には分からないですから。128kbpsであろうが192kbpsであろうが、それよりも客を楽しませることの方が大事です。

ところがこれが凄い
http://jp.youtube.com/watch?v=cSZ8Z7KKCso&feature=related

たっくさん進歩した、たっくさんあるツールの中から、何を選んでどれをどう使うかが重要です。

ジャンルは何であれ、えぇ。これだと、例えば僕が生ドラムを叩いてそれをサンプリングしDJにプレイしてもらう。さらに違うリズム、さらには違う種類のパーカスを重ねる、今度はトライアングルを、と、どんどん打楽器類だけ重ねていってリズムの洪水を演出、一つのライブが出来上がります。超アナログの僕と超デジタルのDJだけで。似たようなことを既にライブで、サンプラー使いの相方とやってはいますが。


結論としまして僕は『RANE SERATO SCRATCH LIVE』、買いません。仕事じゃないんだし。これを買うなら革のジャケット買います。仲の良いフリー・カメラマンが、『いやぁ~やっぱりレコードで聴きたいじゃん、プレイヤー買っちゃったよ』、と言っていました。『お父さん、レコードってどうやって聴くの?』と娘さん(23歳)に質問され教えたそうです。

もはや聴き方どころか、『レコードって何?』という時代はそう遠くないのです。

結局、レコードで持っていたい、だけなんですよね、僕は。国中のレコード屋が無くなるまで、僕はレコードを買いたいと思います。

何かにとって変わる、この繰り返しは誰にも止められないのであれば、この『RANE SERATO SCRATCH LIVEに変わるものも、もうすぐそこまで来ているんでしょう。規格が変わる度に変えてられます?ブルーレイとか、なんだかなぁ・・・、です。

こうなるともう、一人オリンピック。すばらしい!!
http://jp.youtube.com/watch?v=PbGatX-1ELY&NR=1

合掌。



リンクする『You Tube』等の音源映像は、すぐリンク先が変わったりしてしまう恐れがありますので、ご了承下さい。


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カス僕。

2009 1/5 2:45

年末年始、TVを観ていて気づいたことがあります。

スタジオ?自体のセット(美術)にお金をかけていない、です。特にパネラーや客側が写った時にそれが顕著でした。いよいよTV局もお金がなくなってきたんだなぁ、と感じます。今年の4月から日本TVは19時~20時、TBSは18時~20時まで、ニュース番組になるそうです。お金がない局にとってこれは良いですね。情報を持ってくればいいので何かをゼロから作る必要も無く、内容に関してスポンサーにあまり気を使わないですむし、人選も地味でいい、内容が内容なだけに美術だって凝ったり派手でなくていい、と言うこともできます・・・。

ついに2000年代も今年を最後に終ろうとしています。つきなみだけど早。僕は60年代後半に生まれ、70年代・80年代・90年代、そして00年代と観てきました。

一番印象強いのが70年代。一番印象が薄いのが00年代。

どんどんどんどん『○○って何?』、と思うことが増える一方ですよ、ホントに。表面も中身も。

これは単に、懐古主義的な幻想を抱いているだけなんじゃない?では済みません。

何故なら僕は、

別に20歳前の時点で『その頃』の音楽にあまり興味が持てなくなり古い(特に70年代)音を好んで聴いていたし就活の時期もバブルの最中で選び放題だったけどだからと言って就活することは一度もなくその変わりボーナスや保証もなくて関係ないけど告られたからと言って寂しさを紛らわすべく誰かと付き合うこともなく

そんな風に生きてきたからでもあります。それら全てが僕の血となり肉となり、僕ができているのです。

要は、物心つく頃から僕は僕であり続け、今後もそれを望んでいるのです。

ヒーローは土臭く必ず裏切り者として何か影を背負い、スターウォーズやスーパーマンやテクノロジーを無条件に受け入れ、何でもアリになる80年代前、セオリーなんてないと思っていたら実はセオリーだらけだった、あの70年代の雰囲気のまま、あり続けたいのです。

今、完全に出来上がっちゃっていますよね、日本って国は。それも、本人が望んでないのに上達しちゃう感じ。漫喫で漫画をタメ読みしていて、ある漫画の10巻までを読んだとします。あれ?あの辺のエピソードってどんなだったっけ?と3巻辺りを読み返してみると、まだ絵が下手だったりします。漫画家は本人が意識せずとも、毎週の連載に追われ勝手に完成度が上がり、上手くなっていくんです。それが吉と出る場合のジャンルであれば良いんですけど、『この手の漫画は上手くならない方が味があって良いよなぁ』、と感じる漫画もあるんです。今の日本って、その後者の方な感じがします。

例えばガール・ネクスト・ドア?とか、矢島美容室?とか、羞恥心?とか、あんなものが音楽なはずがない。いくらトークが面白くても、もはやリアルトーク番組になってしまったHEY!HEY!HEY!なんて、やっぱり全く持って観る気にならないのです。の前に、音楽に関わらず、今20歳ぐらいの一般的な人が良いと感じるものと、僕の感覚が同じな訳がないのです。それでいいのです。

それでいいのだ それでいいのだ ボンボンバカボンバカボンボン

すばらしい。『天才でバカ』、最高ですね。

しかし、そんな化石と化したカスみたいな僕に、残された一つの抜け道があります。

一昨日、今日と、レコードを買いました。買ったレコードは以下の通りです。

『シルバー仮面/アイアンキング/レッドバロン/マッハバロン●SF特撮TV音楽全集※12』(アルバム)
『LOADED/THE VELVET UNDERGROUND』(アルバム)
『ON THE BEACH/NEIL YOUNG』(アルバム)
『My Fantasy/Teddy Riley Featuring Guy』(12 inch single)
『COSMOS'51/鈴木茂』(アルバム)
『histoire de melody nelson/SERGE GAINSBOURG』(アルバム)
『東京/マイ・ペース』(シングル盤)
『TABU/ペレス・プラード音楽楽団』(シングル盤)
『お返事下さい/小川順子』(シングル盤)

締めて6000円弱。特に良かったのが『ON THE BEACH/NEIL YOUNG』と『COSMOS'51/鈴木茂』でした。

知ってて買ったものも、知らないで買ったものも、視聴して買ったもの、といろいろありますが、良い音楽にあふれています。

レコードはいつも僕を驚かせてくれます。CDじゃないんだよなぁ・・・。また今年もバカみたいにレコードを買っていくんだろうなぁ。

合掌。

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『水掛け論』

2008 11/30

僕は愛煙家なのですが、ここ最近の喫煙者に対する仕打ちは、以前にも増して酷い状態です。

先日渋谷に行った時のことです。

そろそろ帰ろう、とJR渋谷駅山手線の新宿方面行きのホーム、一番先頭の所に喫煙場所があるのでそこに向かった訳です。もう何年も、少なくとも僕が上京してきた22年前から、そこには灰皿があり、喫煙スペースでした。それが・・・それが、撤去されていました。意味が分からないな、何故なんでしょうか。

いや、もう一度言いますが、意味が分からないな。いやいや、すいません、分からなくはないですけど・・・・・ ・・・ ・・・ ・・・・・・ ・・いや、やっぱり分からないです。

言うまでも無く、ここ最近の喫煙者に対するアレやコレや、なにしろ『時代の変化』、も分かります。

『マナーが悪い人が多い、煙くてしょうがない』

こんなところでしょうか。

確かにマナーが悪い人、多いです。たとえば渋谷のHMV、階段の入り口、つまりセンター街からの方の入り口前にある喫煙場所周辺は、何故かいつも地面がビジャビジャで濡れています。階段から濡れています。なんで雨でもないのに・・・と考えてみたら、あそこの階段に座ってタバコ吸うバカがいるんでしょうね、きっと。で、そんな連中が後を絶たない、と。だから水を巻いてるんだと思った訳です。

灰皿が置いてある場所には、必ずその灰皿のゴミを変えたり、管理しているビルなり場所があって(この場合は勿論HMVでしょうけど)、そこが掃除をお願いして、掃除のおじさんや掃除のおばさんが片付けてくれるのです。HMVはお店なので店員さんがそれをする場合も多いでしょう。そうでない場合もあります。同じオーナーがビルを3つ持っていて、1つのビルの1階入り口に灰皿を置く、そしてそのビルは各フロアーごとに違う会社が入っている、とか。HMVのようにお店ではなく、ビルを所有しているだけであれば、そのオーナーが管理費なり清掃費なり、払っているのです。吸う人のマナー含め、良くない何かが起これば、管理している人が『面倒だな・・・』と思えば、そりゃ撤去しますよ。普通に考えても。

僕がよく出向く仕事場周辺でも、灰皿を置くビルは決まっていて、そのビルに関係ない人が沢山その場所にやって来てタバコを吸います。灰皿を置く場所が減っているので仕方ないんですが。さらにそこは千代田区だし、余計です。

よって、そういう場所でタバコを吸う人全員に言いたいのですが、マナーですよ、マナー。

自分の家ではやらないことをやってはいけないのですよ、なんて、至極当たり前のことをなんで趣味でやってるこんな自分のブログで書かなければならないのか・・・。地ベタに座って吸う、なんて絶対やってはいけない。灰皿の周辺で吸ってるだけで、灰皿に灰をちゃんと入れないで吸ってる人もよく見かけます。灰皿の横で吸っているにも関わらず、灰皿に入れないで、自分の半径30センチ~50センチぐらいのところに、ポンポン灰を落としてる人。たとえ混んでいても、今後もその場所で吸いたいのなら、気を使いつつでも灰皿に灰をちゃんと入れろ。でないと撤去され、より吸う場所が減ってしまう。

きちんとしたマナーで吸ってる人間に迷惑をかけるなバカ、です。

ビルの管理をしている人からしたら、座って吸ってる人がいれば、『感じ悪いなぁ・・・、近所から苦情がきたらどうしよう』、と考えるのが普通であり、ちゃんと灰皿に灰をすてないでいれば『汚いなぁ・・・やっぱ撤去すっかなぁ・・・』になるでしょうよって話です。これ以上灰皿や喫煙所が減ってはいけない。

もしこれを読んでる人で地ベタに座って吸ってしまう人、灰皿に灰を入れない人、今日限りで止めていただきたい。

と言うことを踏まえても、僕が今までJR渋谷駅山手線新宿行きホーム最前喫煙所で、目にあまるほどマナーが悪い、と感じたことはないです。当然人の多さも日本一に近いのに、わずか1ヶ所の喫煙場所に、灰を入れるヶ所は2ヶ所の部分、そりゃ持たないでしょうね。灰も自分の周辺に落とすでしょうね。ダメ、と分かってても。また、夜にもなって電車の本数が少なくなってくると、20人ぐらいが一気に吸ってる訳で、しかも1ヶ所で。マナーなんて関係なく煙いでしょう。

ここまで書いて思ったんですけど、これはまさに水掛け論。

『大体灰皿の数がすくな過ぎ、灰だってその辺に落とすよ』

『タバコ吸う人のマナー悪過ぎ、灰皿撤去して』

どっちもどっちだなぁ。

ただですね、これだけは言えます。

勝手に、『タバコ吸ってる奴なんて・・・』、って気持ちが絶対にあって値上げし、吸わない人より多く税金を払っている人に対して、今の現状はない、です。丁度ニュースステーションを一昨日かな?観ていたらタバコの税を上げろ、というニュースをやっていました。国会の再現映像的なものが流れ、映像は撮れなかったようで音声だけで再現していました。『タバコの値上げすりゃいいんだよ、1本2~3円でさぁ・・・(自民党)』と、まさしく僕の言うように、『タバコ吸ってる奴なんて・・・』、の通り過ぎて、気持ち悪かったです。

そういえば、久しぶりに下北に行ったら、やはり頭に入れてあった喫煙所が一つ撤去されていました。

比較的、池袋は良いですね。よく、灰皿に出くわします。

お前らは煙いしマナーも悪いから『隔離』、という名目でいいので、都内全線の駅ホームには、『冷暖房完備の喫煙室』、を作ってもらいたいです。勿論、国の金で。

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『レコード病、そしてごめんなさい、渋さん。』

2008 11/9 17:59

昨日に引き続きアナログ・レコードを中心に、いつか書かなければ、と思っていたことを・・・。

2ヶ月前ぐらいでしょうか。仕事の関係で必ず週1ペースで寄るレコード屋に、いつものように行った時のことです。

ここをよく訪れる方なら分かると思いますが、とりあえず今はアナログ・ドーナツ(シングル)盤を中心に取り上げている通り、ここ1年半前ぐらい、僕は特にシングル盤を買い続けています。そのお店では特に他店ではあまり観ないシングル盤が結構見つかるので、ほとんどシングル盤のコーナーしか観ません。

そんな日々を送っていると、毎週同じ曜日の同じ時間に同じコーナーで顔を合わす『同業者』、ならぬ、『同病者』に出くわします。その方は、年齢は50過ぎぐらいでしょうか、いつもビシッとスーツを着ています、が、髭が許されるお仕事なのでしょう。営業やセールスではないと思われます。かなり見た目は渋いおじさんで、どう考えても若い頃はかなりモテたのではないか?と思われる方です。いや、今もか。いつもは店内のシングル盤コーナーで会うのですが、その日は店頭(ほぼ店外)の100円コーナーのシングル盤のところで見かけました。加えてその日はその方『普段着』でして、余計僕の気持ちが駆り立てられ?話しかけてみました。

僕:『いつもシングル盤コーナーを観ている方ですよね?』
渋さん:『あっ、はい・・・』
僕:『何かいいの見つかりましたか?』
渋さん:『いやぁ~・・・こんなもんです』
(と、風は秋色/松田聖子、のシングル盤を見せてきました)
僕:『あ、僕も持っています、しかし僕等レコード世代からしたら時代は変わったとはいえ、この値段でレコードが買えるなんて夢のようですよね・・・』
渋さん:『えぇ、でも本当のファンはこんなコーナーでは買わないと思います』


当然100円コーナーなゆえ、ホコリだらけ、汚れシミ付、スリキズだらけ、が多い。

(いや、本当のファンってどういうこと?こういうところであえて買って、それをピッカピカにするのが良いんですよ、と言おうとするも、いきなり初対面?の人に言うことではないなぁ・・・と言葉を飲み込み・・・)

僕:『えぇ~、まぁ、確かに・・・』
(なんとなぁ~く雰囲気を感じ取った渋さんは)
渋さん:『まぁ、病気ですよ・・・』

と一言。

僕:『ハイ!! 完璧僕も病気です!!』

と、元気で返す内容じゃねぇっつーのに、力を込めて返しました。しばらくお互い無言で堀続け、

渋さん:『それでは、お先でーす』
僕:『あっ、お疲れっす』

思わず、『お大事に』と言いそうでした。危ない危ない。

レコードが好きな人って絶対人それぞれ、違う何か、拘り、があると思うんです。

ジャケットが良い、レコードの質感が良い、匂いが良い、手入れが好き、思い入れがある、感じが良い、理由なく好き。僕はどれも当てはまります。モノとして、また、一つの文化としてレコードを愛しています。

特に仕事柄か、ジャケットにはかなりの思い入れがあります。よって2週間ほど前でしょうか、自分がジャケのイラストを描いたレコードが100円コーナーにあり、ちょっとテンション下がりました。そのアルバムはコンピモノで、その中でも中心的存在だったアーティストは、今では海外からも評価され、坂本龍一とライブイベントに出たりするほどになりました。でも、100円(笑)。まぁYMO関連で言えば、かなり状態の良い『BGM/YMO』が既に100円コーナーで見かけるので、そう考えれば仕方ないことです。

90年代に入りクラブ系の新譜やHip-Hopの新譜12インチなどは、予算の問題なのかジャケがないものが多いのです。そうなるともう僕の音楽を聴くという興味の70%ぐらいは削がれます。ジャケはかなり重要です。予算がないなら僕が無料で作るよ、ぐらいに思います。ジャケに関係なく音の方にも、何故かは自分でも分からないのですが、なかなか最近のモノに惹かれません。CDにもジャケは存在します、でもやっぱり大きさ、なんでしょうね。CDではしっくりきません。シングル盤も30センチレコードと比べたら小さいんですけど、あの大きさはあの大きさで僕の中では◎なんです。何故かは僕も分かりません。

ジャケもボロボロの中古とか見つけると僕は逆に『オォーッ!!』となるのです。言ってみれば一般的には価値が下がる状態であればあるほど、僕のツボであったりします。ボロい、ということは、そこには時間的な歴史が反映されている訳で、その汚れ具合とか、ここにたどり着くまでの元の持ち主達のストーリー等を想像することも含め、そのボロさに惹かれるのです。おかしいですよね、自分でもそう思います。言ってみればこれはもう、『シミ付きパンティー』とかを拘って買ってしまう変態くんとほぼ同じ、と言っていいと思います。帯・初回盤・オリジナル盤、などには一切拘りません。かと言って、盤が凄く反っていて再生不可能とか、針飛びするほどのキズ、までいってしまうモノは僕もダメ、です。それでも物凄く惹かれるジャケのデザインだったりしますと買ってしまいます。金額の上限は4~5000円以下。僕の中では4~5000円がボーダーなんです。これも何の理由もなく、ただ漠然と、なんです。僕のお財布事情とかではなく、単純に勝手な僕のモノとしてのボーダーです。宝くじに当たり大金を手にしたとしても、僕の100円コーナー漁りは止まらないと思います。

ボロいのに惹かれる理由の次に、そういうのをあえて買ってきて『木工用ボンドで手入れする』、ことに極上の楽しみを感じています。その作業をしている時が、今の自分の生活の中で、一番心が休まる時間なのです。まず、手入れ前に針に負担がかかるのを承知で1分ぐらい聴きます、どれぐらい酷い状態かを確認します。その後、木工用ボンドを剥がしてから針を下ろす瞬間!!でございます。100円コーナーで買い捲っていると、ホント、どう扱ったらここまで汚れるかな、と思うほど酷いモノがあります。キズとかではなくて。例えば何かの液体類ですね。十数年前に付いたであろうソースとか。もっと分からないのは乾いた泥とか。ほとんどのお店が、盤の状態をA・B・Cなどで表記してありますが、そこに『スリキズ多』とかあります。で、そこそこ高めの値段がついてもおかしくないレコードなのに300円とか。そんな場合はほとんど買ってきます。多少のスリキズぐらいでは針飛びなんてしません。また、逆にこれで100円?と思うほど綺麗な状態のモノもあります。

書けば書くほどキモいですね、僕。

買うモノもノンジャンルです。ブラック・ミュージック系が基本的には好きですが。ブラック系ではないとされているジャンルから、『黒さ』を感じる音源を探す行為が好き、です。

まだまだレコードに対する思いのたけは止まりませんが、このぐらいにしとかないと明日まで書き続けそうです。

とにかく今は100円コーナーで気になったモノを片っ端から買ってくる→家帰って来てからピッカピカにする、にはまっています。

で、話は戻るんですが本当のファンとは、何を指して言うのですか?です。松田聖子の本当のファン、ということなんでしょうか。だとしたら、僕は松田聖子の本当のファンなんかでは勿論ないし、ここで取り上げてるアーティスト全部の本当のファンではないです。僕が一方的に好きなアーティストは沢山いても、それを、『○○の本当のファン』、と決めるのは自分ではなく、それは恐らく多分他人、人から『君は○○の本当のファンだね』と言われて初めて、本当のファン、なんだと思います。

この手の話は難しいです。歴史という科目?自体の否定に繋がるかも知れませんが、たとえ、たけしのファン、ゴッホのファン、何でもいいんですけど、たけし映画全部見てるし本も全部読んでる、よって俺はたけしのことを本当に分かってる、と言ったところで、本人から『で?お前俺の何を分かってんだよ?』、と言われたら、おしまいです。

僕のような『思い入れ』が存在するなら、また逆もあるはずで、『帯び付きで超綺麗な状態のオリジナル初回盤しか買わない』、もあることでしょう。でも、そっち側だけが『本当に好きな基準』になるのは、おかしな話です。どうも世の中、そっち側のみが・・・という雰囲気が個人的にはしてしまいます。厳密にはどっちもアリでないとおかしい。

その後、渋さんを見かけたことはありません。毎週そのお店には行っているんですけどね。もし来ているのなら、渋さん、確実に時間か曜日を変えています。人それぞれの拘りに入り込んではいけないのだなぁ・・・と勉強になりました。何も失礼なことはしていないと思うんですが、これまた、人それぞれ。話しかけたこと自体が本人にしてみれば、大迷惑、だったのかも知れないです。か、もしくは、『本当のファン』の部分で少しだけ顔をゆがめた僕を見逃さず、『いけね、俺余計なこと言っちゃったかな・・・』、と渋さんに思わせてしまったか・・・。いずれにしろ、

ごめんなさい、渋さん。

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『シスコレコードと小室哲哉』

2008 11/8 21:38

シスコレコーズについてここで、2007 12/30『レコード店「シスコ」』、にて書いてから1年経っていないうちに、シスコレコーズは廃業した。

シスコレコーズは以外に歴史が長く、1970年に設立、2005年の6月には35億900万円も売り上げた。今からたった3年前、もう時代は十分デジタルであった時期にこの売り上げを叩き出せたことの方が驚きである。僕が経営者なら『こんなデジタル時代に奇跡が起きてる、絶対にレコード経営で最後のバブルだな』、と凄く慎重になるだろう。何があっても1億は残し、それを崩さなきゃならない何かがあるなら潔く身を引く。まぁ、そんな話してもしょうがないか。

小室哲哉が詐欺で逮捕され、彼のこれまでなどが過去と共に連日ニュースを賑わした。そんな中、詐欺に騙され大損したたミュージシャンの代表として、矢沢永吉が引き合いに出されていた。

矢沢永吉は本を出版して回避した、小室哲哉も丁度出そうとしていたがポシャり、もし出ていたら矢沢永吉のように回避できたかも・・・、と、ある関係者、が言っていた。

想像でしかないけど、僕は違うと思う。

そりゃ、本の売り上げも貢献はしたとは思う。本人のやる気と、本人のキャラと、その本人の持つキャラが引き寄せる、何よりファン(客)、のおかげだと思う。

小室哲哉は、良くも悪くも分かりやすい『数字』というものに拘り、まずはそれを考え、その後のことはあまり考えられなかったんだろうなぁ、と思う。考えたとしても、あの作曲・あの曲調が小室哲哉の個性であり、あぁいう『売れるための方程式』を考えて作ることが、何よりも本人らしさ、なんだと思う。そういう作品は、アート性に乏しく、人の心を動かすような何かにはなりにくい。それが本人の表現であり個性なのだから、しょうがない。つんくも同じ方程式な感じ。念の為に言うと、方程式であれ何であれ、売れる曲を作れる、それだけでも物凄いことなのは大前提で話しを続けたい。

矢沢永吉も、『成り上がり』ヨロシク、金持ちにも当然なりたかったに決まっているし、売り上げを気にしなかった訳がないし、タイプは違えど同じように取り組んだんだと思う。けど、何せ言うまでもなく、同じことやっても人が違えば全ては違ってくる。

矢沢永吉にはしっかりと、しっかりしたファンが付いた。この違いは何なのか?小室哲哉もそういうファンがいなかった訳では勿論ない、何せ少なかった、と考えられる。シスコもそうだったのではないだろうか。無店舗型ダウンロード販売の浸透、パソコンによるDJの増加、だけでなく、ポーズや流行で集まったファン(客)の多さ、だ。考えてみたらこのブログでどっちも取り上げているが、僕は小室哲哉の熱烈なファンでもないし、矢沢永吉の熱烈なファンでもない。よってあまり大きくは言えないが・・・。

仮に、

流行に乗る→小室哲哉的→シスコレコーズ
流行に乗らない→矢沢永吉的→今でも残る中古専門のマニア向けレコード店

と考えると何かが見えてくる、感じがする。

どっちにしても100億あっても足りないんだから、そりゃもうダメ過ぎる話ではある。宝くじで1億当たり、誰にも話さなかったとしても、『そんな大金銀行に置いといてどうすんの、もったえない、うちに5000万でいいから預けてみ、来年には3倍にしてあげるから』というような話が、どっからともなくやってくるっつーのに。。。100億なんていったら、毎日誰かしらやってくるだろうなぁ・・・。そういう、広い意味で言えば小室哲哉も詐欺にあったようなもんでもある。でもダメだけど。

ジャンルは何にせよ上手く乗れる人はいいが、そうでない人は(まぁ、僕がそうなんだけど)世の中が変わってくればくるほど、自分のやっていることに自身がなかったり不安になったりで、ブレる。

僕という人間は、『時代遅れ』、とか、『もうおじさんだから』、とか、『デジタルかアナログか』、とか、『DJなのか一視聴者なのか』、とか、全部とっぱらって単純に

レコードが好きだ、大好きだ!! 病気だ。ダメ人間だ。

それには理由などない、いや、ある、あるけど、その病気についてはまた後ほど語ろうかと。ここ約3年で買ったCDは1枚。というかここ10年で買ったCDは本当に数える程度。ほぼレコードでしか買っていない。さらにレコードの新譜も数枚程度。最近の音にほとんど興味が持てないから中古ばかり買っている。最早レコードの生産もゼロに近く、本当にゼロに近いうちなると思う。今もほぼそうだけど、本当に個人が『売りに来た』レコードでしか中古レコード店は入荷ができなくなる。

時代が変わっても僕は自分の好きなものを信じ、ブレない人間になりたい、と思ってきたし、今もそう思っている。で、仕事よりも何よりもブレないで、続けている行為が『レコードを買う(特に100円コーナー、500円以下)』、という、自分にとって意味のある、他人からしたら何の意味もない、行為である。中学生の時から続いているから、当然仕事歴よりも長い。

この件に関しては今後もブレる気配はない。

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1周年。

2008 9/29 22:54

丁度1年前の今日(多分)、このブログを始めました。時間は表記されますけど日付は表記されないので、多分、です。もしかしたら表記させる方法があるのかも知れませんが、よく分からずやってますので。途中から、『このリードいつ書いたんだっけ・・・』とならないように、頭に日付と時間を入れるようにしました。

なぜこのブログを始めたのか・・・。自分でもハッキリしているようでハッキリしてません。

とにかく音楽、音が好き、自分のHPでは仕事柄本当に思っていることが好き勝手言えない、多分この2つが理由でした。かと言って何か凄く言いたい事が凄く溜まっているとか、そういうことではないんです。

スタート時点で決めたことは『できる限り毎日更新』、でした。

どんなに短くてもいいから毎日更新しよう、と。仕事でどうしても遅くなった、とか、飲み会で終電になってしまった、とか、泊まりで実家に帰った時、とか、そういう日以外は更新し、多分更新できなかった日は1年で数日分ぐらいしかないと思います。

毎日更新していると、スタートから2ヶ月ぐらいまでは日に20人ぐらい、半年後に40人~60人ぐらいに、10ヶ月ぐらいになると日に100人前後の方が、と、序々にアクセス者が増えていきました。こんなにも『地道』、という言葉が目に見えて分かり、とてもピッタリくる経験も受験以来。

こことは違い、仕事柄作っている自分のHPの方は、UP時に検索サイトにひっかかるようになっていないということもあり、日に10人くればいい方。どう考えても、自分のHPの方に沢山のアクセスがあった方が仕事的にも良いんですけど、イマイチそういうUP(UP時に検索サイトにひっかかる)の仕方?契約?が分からないし、元々僕はデジタルに詳しくないので、管理人に任せていて、途中から自分になったってのもあり、とにかくよー分からないのです。ということもあり、

日に約100人のアクセス数は人気ブログからしたら物凄く少ないんでしょうけど、僕にとっては、とっても嬉しいのです。うち半分ぐらいの方はたまたまや検索でひっかかって・・・だと思いますが、30人ぐらいの方は、毎日か3日おきか、毎週なのか時々なのか、とにかく気に入って見に来てくれている方だと思うのです。

また、あえてコメントやトラックバック?とか、できないようにしています。なぜなら、ここを観て本当に何か僕と話したいとか、意見があると思うのなら、そういう方はメールをくれるだろう、という思いが最初からありました。して、2名の方からメールを頂きました。『良かったです』、と。これも、少ないと思えば少ないかも知れませんが、凄いと思えば凄いことです。

この場を借りてお礼を申し上げます。

今後も続く限りここを続けようと思っています。ネタは相当あります。映画も随分観ますが、まだ映画の話はほぼ一切していないし。凄く忙しくなるとか、何かやんなっちゃわない限り、ここは続きます。

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『能面ロボ』

2008 9/20 21:24

つい先日、家でゴロゴロとTVを見ていたら、若い女の子がたずねて来ました。『学生アルバイトでこの辺りをこういったモノを見せて回っているんです、気に入ったモノがあれば・・・』と、沢山の絵葉書がファイルに入っていて、それを見せてきました。それはどれも手作り感が出ていて、よくは観なかったんですけど、1点1点手描き風でした。プリントかも知れません。ま、どっちでもいいんですけど。で、その子自体はとってもかわいい子でした。ま、あえてそういう子選んでるんでしょうけど。

残念なことに僕の仕事はイラストレーター、『おいおい、誰に向かってそんなもの売るつもりでいるんだいお嬢さん』、とは言いませんでした。また、絵の微妙な描き込みの甘さやデフォルメの不自然さを指摘しようかとも思いましたが、それも我慢。

大体、僕はもう最初から笑ってしまい、本当に申し訳ないんですけど完全に顔に出てしまっていました。なぜなら彼女かわいいんですけど、

『ロボット』でした。

目は宇宙に焦点がいっちゃってましたし。出て最初の、『お休みのところすいません』、の言葉だけで十分に読み取れます。丁寧な言葉・失礼のない態度でも、そこには全く持って『気持ち』的なものはゼロ、ということが隠し切れないですね、その手の方々って。それが最初に分かるので、何を発せられても、僕の顔は笑っちゃうんですよね。ホント、申し訳ないんですけど、いや、ホントは悪いと思ってないです。

僕は勿論絵が好きだからイラストレーターという仕事を始めたし、フェンシングの太田選手の喜び具合と同等の喜びを、仕事上で経験できたので、我ながら幸せだなぁ、と思います。もっともその経験があるから未だにいろいろな意味でヤバいなぁ、と思いつつも、この仕事がやめられないでいるのですが。本来バイトも含め、仕事とはそういうもので、そこに気持ちがないのなら、最初からやらない方が100倍良いのです。医者や政治もそうです。お金が儲かるから、は確かに大切なことで大事な理由でもありますが、やっぱりその理由でやるべき仕事ではないです。お金は儲かるかもしれないけど、人の命や人の生活が左右される仕事な訳ですから。まぁ、福田康夫も辞任したっつったって、何回当選とかしてるから議員年金で、死ぬまで遊んで暮らしていける訳です。そんなんでやる気なんて出る訳がない。ましてや、『本当に政治が好き』ではじめてないのだとしたら、なおさらです。

この僕の感じるロボット具合はいたるところで見られます。みなさんも経験あると思いますけど。先日、25ぐらいの女性の足が山手線の中で僕の足にボコンとぶつかったんです。山手線に乗るっつってんのにボコリングなドでかいデザインのブーツなんて履いてんですよ。目線、顔の表情などから、ナルだ、とすぐに分かるんです。たとえぶつからなくてもすれ違っただけで、あ、こいつナルだ、って分かるのありません?ナルでも良いんですけど、別に。単なる例です。

ナルはナルなだけあり、自分のことは考えるからまだ良いんですけど、ロボットはナルより始末に終えません。僕の身近なところでいうと、僕が前に住んでいたマンションの隣の旦那さん(笑)、そんな人誰も分からないか。えぇと、仕事の打ち合わせで会ったことのある大大大企業のある部署の部長さん、能面ロボみたいだったなぁ。一切何も考えてなんかいないな、ありゃ。もっとも自分が社長だったらイチイチ何か言ってくる奴なんて使いづらくてしょうがない、ってのも分からなくはないですけど。隣の旦那さんも良い会社の出世コースでした。僕と2歳しか変わらないのに、僕とは180度違う顔でした。『何かを諦めた目』とでも言うんでしょうかね。勿論、僕の方が良いとは言いません。そういう人もいないと世の中のバランスが取れませんから。顔も180度違ければ、収入もその分180度地違ってるはずですから、どっちが良いかは、まぁ、個人の判断でしかありません。

随分前ですが、福田康夫が官房長官時代に記者の質問に対し笑った時があったんです。

『ニィヒヒィィィ』って。

鳥肌が立ちました、気持ち悪くて。あれも能面ロボ。石破茂もモロ能面ロボ顔だよなぁ。

宗教に入ってる方々(厳密には勧誘してくる方々)、信号待ちしてると近寄ってくる募金な方々、同じく似た独特の共通したビジュアル的何かを感じます。

どこかの宗教にお世話になるほどの心の何か、弱さが、自分には今のところ発生しそうにはありませんが、万が一あるようなことになれば、どこかには入らず自分で宗教を始めると思いますし、募金するなら最後の最後までちゃんと、どこの誰に手渡されるのか、100%分かるのなら出します。分からないものにはビタ一文払う気はないです。アフリカまで自分で行って、この人困ってる、と感じて自分で手渡せるのなら、可能な限りの募金をするでしょう。年金も、何丁目の○○おばぁちゃん(おじぃちゃん)ちに今月は何万円持ってって、とちゃんと言われれば、僕は喜んで出向きます。行ったついでに自分では体験できなかったであろう『良い話』なども聞けるでしょうし。ま、しつこかったり、いろいろな意味で面倒なお年寄りもいるかも知れませんが、それはそれこそ、そういう人とどう付き合うか、人生経験の一環でしょうし。要は、どこに行くかは不明なものに、一切お金を出したくないのです。不明な部分が1%でもあったら、それはダメです。

そりゃそうですよね、われわれ人間は、格闘技やってる人・バンドやってる人・アニオタ・鉄道ファン・B系・・・何でもいいんですけど、それぞれ、『ビジュアル』が似ます。

しかし、あげたジャンルにより人数に差はあるでしょうが、どこのジャンルにもこの、能面ロボくんは存在します。

仕事で、先日ちょっとした問題があって、まぁ流してもいいかなぁってレベルのことだったんですけど、かる~く突っ込んだです。そしたら、『申し訳ございません、私からも編集長にはきつく言っておきますから、今回は本当にすいません』、でした。実はそのメールの前に担当からは、『その問題を上手くごまかしつつ僕に報告』、的なメールが来ていました。ま、そんなものごまかせる訳ないじゃないですか。全然上手くないです。そういう問題が起こってしまったら、最初のメールの時点で、『その問題を上手くごまかしつつ僕に報告』、ではなく、最初から2通目の内容、つまり『申し訳ございません、私からも編集長にはきつく言っておきますから、今回は本当にすいません』、でなければ、気持ちがそこには無いということが、僕にバレてしまう訳です。どうせ、編集長にきつくなんて言ってはいないと思うし、大体、最初からそうならないように動くことが本当の『気持ち』というものです。特別な関係でもないので、その対応は別に『普通』のことなのかも知れません。でも、気持ちは良くないです。何でも気持ちよく仕事をしたいものです。

繰り返しますが、いくら丁寧な言葉使い、失礼のない態度、失礼のない身なりでも、全く人の気持ちなどに気持ちがいかない能面ロボが存在し、能面ロボなゆえ、被害が及ぶことがあるのです。

20年ちかく付き合いのあるデザイナーで尊敬している人がいます。彼がグラフィック・デザイナーで僕がフリーのイラストレーターという関係は出会った時も今も変わりませんが、彼から仕事をもらったことは1度もありません。仕事は多分今までも、いくらでもあったと思うのです。理由は『お前の仕事じゃない』や『迷惑をかけてしまうような仕事』などなど・・・。そういう仕事を彼はやっている訳ですから、凄いんですけど、付き合いも長いし、別に迷惑でも彼から来る仕事なら全然良いんですけどね。一緒に仕事をしたことは1度もありません。今後も無いでしょう。

仕事を与える愛(気持ち)が存在するなら、あえて仕事をちゃんと与えない愛(気持ち)、も存在します。

教える指導(愛)があるなら、あえて教えないということをちゃんとやる指導(愛)も存在するのです。

話はそれまくりましたが、能面ロボ、非常に残念です。

一般の同年代の人が手にしているモノのほとんどを僕は持っていません。しかし、少なくとも能面ロボでなくて良かったです。

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『逆・苦情』

2008 7/23 1:56

近所にあったコンビニ、ファミリー・マートの店員K君(30手前ぐらい、胸に名札をつけているので名前は分かる)は本当にすばらしかった。

3回か4回目ぐらいで僕の吸うタバコの銘柄を覚え、僕が店内に入ってきた瞬間レジにそのタバコを用意しておいて、会計の時に取らずにすませていました。自分が忙しくても、見るからに高校生のバイト君にあの人のだから、とそっと渡すその姿はまさにプロ。こんな芸当ができて、他の店員さんと同じバイト代じゃやってらんねぇだろぅなぁ・・・、と聞いてみました。

『いつもすばらしい対応だね、K君はアルバイト?それとも社員?』

『ありがとうございます、社員です』

だよねぇ~、と。しばらくして彼は

『今度ここ辞めるんです、次の職場もすぐ近くの会社なんです、もしまた会うことでもあれば宜しくお願いします』

そうですか、とこっちも大人の挨拶を返しました。それから半年ぐらいでしょうか、店自体が無くなりました。K君は店が無くなることを知って、既に新たな就活を始めていたかどうかは知るよしもありませんが、彼がいなくなるのはとても残念でした。

近所の別なコンビニ、今度はローソンです。ここのN君(多分25、6ぐらい)もすばらしくてですね。ファミマのK君と全く同じ。僕が入店するやいなや、マイルドセブン・ONE・メンソール、が用意されるのです。僕の外見はきもいロン毛で目立ちますので、覚えや安いは覚え安いのですが、それにしても覚えるのが早かったです。

彼がバイトか社員かはまだ聞いていませんが、彼の上の立場と見える店長らしき60ぐらいの夫婦、この2人が酷いのです。多分以前はその場所で酒屋か何かをやっていて経営が困難になり、フランチャイジングーな流れでしょう。まずその夫婦、急げないのです。何人レジに客が並ぼうが全く急げず、さらにバイト君にレジお願いしまーす、すら言いません。夫婦2人共です。先日は、飲み物の品出ししていたN君、客が並んでいるのを察知し、『先にお待ちの方こちらどーぞ!!』、って走って行きました。飲み物の品出しですよ、棚の裏側にいても気付いて走れるってことは、N君は客だけでなく、同じ・もしくは自分より立場的に上であるはずのダメ夫婦にまで目を光らせていなければならない、ということです。

恐らく多分、そのダメ夫婦の方が経営者で、お金もN君より良いでしょう。やってられないでしょうねぇ。僕ならブチ切れてます。

その夫婦はもう10回は僕の相手をしていますが、未だにタバコの銘柄を覚えていません。特におばさんの方が酷く、いつもえぇとえぇと、となってしまい、僕が一番上の左から2番目です、と教えています。述べたように僕の外見はキモいロン毛で目立ちますから、それでも覚えられないダメ夫婦は、覚える気がない、ということになります。さらにレジ中、近所のおばちゃん仲間と話し込んでしまいます。並んでない時はいいですけど、客がいてもそれ。『奥さん、ちょっと待ってね』、の一言が言えない。それを言うだけで普通の人なら全部状況を把握できると思うんです。何でそれが言えないんでしょうかね。それほど大事な隣人には見えないしなぁ。言ったところで関係が悪くなるような隣人なら付き合いなどやめてしまえ。

確かにできる人がいると、できない人が目立ってしまいます。だからと言って、じゃ、できる奴がいない方が良い訳がない、です。できないならできないなりの接客ってあると思うんです。例えば3年前に住んでいた場所の隣の100均(因みに信じられないぐらい狭いお店・ここも50ぐらいの夫婦経営)のおばさんは、『レシートもらえます?』を言わないと渡してくれません。ここには2年ぐらい行きましたが、最後まで『レシートもらえます?』を言わねばなりませんでした。でもとても愛想が良く(良けりゃいいってもんでもないけど)駅で偶然会ったりしても挨拶してくれました。3~4回言っても覚えられない、これは分かります。でも毎回『レシートもらえます?』を僕が言い、2年でどれぐらい店に行ったか正確には分かりませんけど、2年経っても覚えられないということは、これは覚える気が無い・もしくは病気、だと思うのです。どっちにしても『しょうがない』、ですけど。このおばさんは何故か憎めなかったですね。

ここで話は終りません。

反感覚悟でいいます。店員さんだけでなく、僕も店員さんからしたら、実は良い客だからタバコを用意してくれたりするのではないだろうか?と思った次第なんです。

高級寿司屋などでよく聞く、良い寿司を食いたかったらこっちも良い客になった方がより良い、は別に高級寿司屋に行かずともあると思うのです。

コンビニで買う時レジで、ヘッドフォンやイヤフォンを付けたまま買ってみたり、携帯で話ながら携帯を肩と首で挟み財布をガサゴソとやってみたりしないから、だと思うのです。

僕が店員なら、そんな客にタバコを用意したりはしません。

その人の持つ表情や雰囲気で、どんな人かってなんとなぁく分かるじゃないですか。たとえコンビニでモノを買うだけだったとしても。しょっ中行ってればなおさら・・・。

僕にコンビニでのアルバイトは無理ですねぇ。

ローソンの苦情センターみたいなところに逆・苦情電話でも今度してみます。N君はすばらしい、と。

苦情ばかりではダメです。良いことももっともっと言っていかないと。

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『松井冬子という奇人(貴人)』

2008 6/28 2:17

いやぁ、世の中には物凄い人がいます。

松井冬子という、日本画家であり現美系のアーティストでもある人です。日本画家、なのか現美のアーティストなのか僕は知りませんし、本人が決めることですし、ま、一応平たくいろいろな人が分かる共通言語として言うならってことです。

まず、『やっぱりいるんだなぁ、こういう人が、日本にも・・・』と思わせてくれる、久々に存在自体がステキな作家でした。僕の本業はフリーのイラストレーターなのですが、ジャンルは違えど同じ絵を仕事とする人間としてこの人の存在を、先日夜中のTVでチャンネルを変えながらたまたま目にするまでは、恥ずかしながら知りませんでした。

関係ないですけど僕はHPを持っています。仕事のために作ったサイトなので、当たり前ですが自分が誰か明かしています。よって、好きにやれそうであまり好き勝手なことが書けないのです。なので、自分が誰かわからない場所で好きなことをやりたい、という思いからここを作った訳なのです。決して匿名性を利用して悪いことを言う、ではないです。業界的にってことです。自分のサイトのリンクとかも本当はここでしたいのですが、していません。僕を知っている人が、僕のペンネームを入れてグー検すると今度はここがバレてしまいますので。

まぁ、その自分のサイトは月1更新なのですが、ほとんど読み物のページになっていまして。新作の作品などは絶対に載せないようにしています。サイトで発表した気になってしまうので。随分回りくどい流れになってしまいましたが、とにかくそこでの月1日記で以下のようなことを僕は今月書いたのです。

以下から、以上のようなことです、(文字色が朱色の部分)まで、自分のサイトの内容を要約です。

『表面ばかりみないで物事の本質を見なさい』

という意見、僕にはよく分からない、と。全く分からなくはないです。よく分からない、です。絵画でこの言葉を言う場合、例えば壺をデッサンする時、壺の模様や柄=表面、壺の立体感=本質、的なことになるのです。でも、どちらも大切で、表面をとことん理解することは立体も意識していることに繋がるのです、突き詰めれば、ですけど。

さらに深く話を持っていくと、例にバリエーションが無くて申し訳ないのですが、以前ここの『サッカーの試合を観て我がフリ、考え直す』(2008 2/06)で書いたように、The Boomのヒット曲、『島唄』。この曲を作った宮に、『お前は山梨生まれだろ、沖縄の何を知っているんだ?沖縄の上辺だけ上手く使いやがって』とは誰も言わない訳です。それは理屈抜きにあの曲は良い、とみんなが思ったからに他ならないのです。しかもあの1曲で世界を回っているようなもんなので、世界も認めた訳です。本質を観ろ、と言う人に逆に本質って何?と、こっちが聴きたい。沖縄生まれで幼稚園まで沖縄にいたけど小学校からは九州に転校した人はどうなんだ?、や、岩手で生まれたけど中学の時から沖縄に来て○年住んでます、は許されるのか?や。でもじゃぁ何年からならいいんですか?で、そのボーダーは何年?で、それ誰が決められるの?もしかしたら宮はあの曲を作るにあたり物凄く沖縄について勉強したかも知れません。しかし、沖縄を勉強するって何?どこからが『君はよく勉強したね』になるのか?そしてそれを誰が決めることができるというのか?

要は、表面を観る・追う・追求することを、軽いヤツってイメージで観るんじゃねぇよ、と僕は言っているのです。なぜか、どこかが、『物事の本質とはうんぬん・・・』を言う方々は、表面を軽く見ている気がしてならないのです。

以上のようなことです。

この内容をUPした3日後ぐらいに番組を観たもんだから、余計に来るものがありました。

そして、この松井冬子って人は僕が言いたいようなことを完全にやり遂げている人でした。日本画というのは、とにかく表面を緻密に・正確に・5ミリいや2ミリいや1ミリ単位で、もしくはもっと細かく観ていく、表現方法でして、それをやり遂げると、同時にモノを立体的にも追うことになっていて、完成した時にはすばらしいバランスで出来上がっている、という。それには物凄いデッサン力が必要で、美大を受験した人なら1発で分かることなんですけど、とにかくどの学科よりも日本画は、単純にデッサン力のいる学部なのです。因みに僕の通ったグラフィック・デザイン科は、日本画の次に表面を緻密に追う学部でした。

この人の線を含めた表面を追うこだわりは物凄いです。ここまで表面を追うという行為は、もはや表面を追うことを突き抜けて立体も観てまた戻って来て、1周しちゃって表面になっています。どんなことでも突き詰めてやりきれば、それはもうアートなんです。

僕の観た番組が早速UPされていました。1~6まであるんですけど、とりあえず僕的には一番分かりやすい2をリンクします。

『痛みが美に変わる時~画家・松井冬子の世界~』
http://jp.youtube.com/watch?v=2OS0p7YXRv4&feature=related

また、この人は内臓なども描きます。今から20年前、僕は学生時代、東大医学部の人体標本室という、普通では入れない場所に見学に行ったことがあり、本物の人間のサンプルを観ました。人間の中身というのは本当に良くできていて、まさに一つの小宇宙、だと思いました。胴体が横に切断され、子宮の中に宿った赤ん坊まで切断された人の内臓を観て、ここに宇宙がある、そう思いました。一つ一つがすばらしい強弱、どれひとつとっても無駄がない。と同時に、いくら絵の天才や崇高なデザイナーが最高の絵やモノ、あらゆるモノのデザインをしたとしても、人間という生物を単なるモノ(デザイン)として観た場合、この生き物の内臓を超えるデザインは作り出せないな、そう思いました。凄くそう思いました。よって、本物の牛を縦に分割し、内臓を観せることを作品として発表し、世界的に有名になった『Damien Hirst』を観た時、『あぁ、本当は人間でやりたいんだろうなぁ、ただそれだと犯罪になるからやってないだけで・・・』という感想の、以上でも以下でもありませんでした。

ここまで、自分を確立するのって日本では本当に難しいと思うんです。特に日本の美術界。アートを観たり買ったりする土壌がゼロに等しいですし、普通、美術館以外での展示や個展、なぜか入場料は無料が常。アマチュアバンドのライブですらチケ代があります。絵描きにとって、絵描きになろう、と思うことが既にこの国ではパンクであります。ギャラリーの賃貸料もちょっと都心になるとバカか?と思うほど高いです。これでは『普通』にやってても、成功するはずがないのです。ま、成功するにはこの問題は関係無く『普通』じゃダメなんでしょうけど。若い人も育たないでしょうね。よくバンドマンがアマチュア時代売れなくてねぇ、みたいな話を売れてからしていますが、絵描きはそれの比ではないです。自分、バンドもやっていますのでよく分かります。赤字具合が比ではないです。それでも頑張って都心で個展を開き、万が一、展示した絵が売れたとしても、その何割かをギャラリーが持っていくのです。じゃ、それ相当の宣伝努力をお前等してくれているのか?と思う訳です。ネットで宣伝?そんなことならニコ動に自作の宣伝映像を適当に作って流します。勿論しませんけど。言ってみただけです。ライブハウスもしかり。吉祥寺の曼○羅などは、ライブ後、今後どうしていくのかね?みたいな面接をされました。アホ過ぎて途中から僕は笑っていました。そんなこと言うぐらいなら、レコード会社のプロデューサー呼んできたよ、とかそういう努力をしろっつー話じゃないですか。そんなことやってる訳もないし、第一できもしないのはこっちも分かってて言っています。様子見て推薦、とかなんでしょうかね?そんなもんに頼ってませんぜ、最初から。助っ人メンバー的に参加したバンドでのライブだったので、バンマスに悪い印象与えちゃ悪いから、言葉を飲み込みましたけど。自分のバンドだったら絶対怒っています。今もそれをやってるかは知りませんけど。はい、愚痴です。

今後この人が絵をこのまま続けるのか、やめちゃうのか、全く違うことを始めるのか、知るすべもありませんが。まずは、こういう行為をしている人が日本にもいるという事実が、何だか嬉しいじゃないですか。多少の裏があろうとも。勿論僕の勝手な想像・妄想です。

一度女子美に行ったにもかかわらず、芸大を受けなおす行為自体が、相当なプライドと執念。多分プライドの方が大きいでしょうね、きっと。僕の周りにもいました。多摩美に行ったのに芸大受けなおして行った奴が。メチャクチャ良い男で(顔が良いって意味です)、プライドの固まりでした。芸大はブランドですから、もはや。

孤独ですねぇ、しかし。観れば観るほど孤独さが伝わってきます。悪い意味ではないです。ドラマーのTerry Bozzioみたいです。ドラムセット自体がもう、僕孤独なんです、っていうドラムセット。先妻(Missing Persons時代のボーカル、Dale Bozzio)もミュージシャンなんですけど、あれを理解できたのかな。ま、その頃はまだあの狂気のドラムセットではないですけど、似たようなもんです。あのドラムセット見せられたら奥さんも『あたしとドラム、どっちが大事なのよ』とは聞くことすらしないでしょう。テリーのユニットのバンドを一昨年かな?ライブに行ったんです。もうドラム以外のメンバーはいなくていい感じでした。バンドでやることをドラマーが1人で全てやっていました。話しを戻します。僕も友達がいません。この手の、なぁんだろ、爆笑の太田とかもよく言いますね、友達がいなかった、と。ここクローズアップし過ぎなんです。友達なんていなくたって大した問題ではない、というか、いないからこういうことする、のか、しちゃうからいないのか。どっちが先なのか分かりませんけど。全く同じではないにしろ、みんな孤独だと思いますよ、はい。番組中、東大のお偉いおばさんが登場してきてですね、女の幸せ?的な突っ込みをしていますが・・・。別に普通の仕事している人でも、結婚している人でも、孤独な人は多くいるはずです。

それから、タイトル。奇人の後になぜ(貴人)と付けたかと言いますと、TVから観るこの人の言動の全てが、過去に何をやっていようが、良いところのお生まれな、育ちの良さ、がにじみ出ていました。芸大も、日比野、村上、と来て、次なるスターを輩出しようと考えた裏が、全く無くはないと思うんですけど、どうせなら汚いイメージが良かったです。汚いジーパン履いてるとか、そういう、まさしく表面の(ビジュアルの)話です。表面をストイックに追うことを汚い人がやってくれてた方が話題性もあるし、絵になります。汚い絵描き、これもまんまな気が一瞬しますが、意外に今現在ではいないと思われます。元が良いからこの人の場合、何をやっても大丈夫です。だって日本画で和服って、まんま過ぎでしょうよ。ま、これも本人の雰囲気がそうさせていると考えられますけど、細野晴臣がYMO結成時に立てたコンセプト同様、『いかにも外国人が喜びそうなジャポニズム』で行った方が分かりやすいし海外で受けるだろう、がもしあるのなら、あまり良くないですね。ま、致し方ないとも思いますけど。

または、これだけビジュアルが綺麗なので、裏で教授とか評論家とかギャラリーのオーナーとかとバンバンやりまくってくれてたら、それはそれでよりファンになっちゃうんだけどなぁ。そういう、それこそ本質が汚い、というのなら和服で日本画もあり、です。

言うまでも無く僕の勝手な意見と想像と妄想であります。

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『逆・秋葉原』

2008 6/15 20:36

秋葉原で言葉にはできないような酷い事件が起き、1週間が経ちました。

いかなる理由があるにせよ、人の命を奪うなんていうことは神でも許されないことで、今後も未来永劫、殺人事件という事件を食い止めることができないのであれば、いっそ被害者の遺族は加害者に仕返しあり、にしてもいいのではないか?と思ってしまいます。罪を憎んで人を憎まず。なんて都合のいい言葉なんだろうか、僕は大嫌いです。また、仕返しは何も生まない、ともよく言われます。じゃ死んでしまった人の、殺された人の人権はどうなるんだよ、と常に思います。これが『戦争』まで大きな話になると、これまた違ってくるとも思いますが。でも、基本的には同じです。そういうことを言ってると戦争はなくならない、と言われそうですが、仕方ないですね。今現在、常に・いつでも・世界のどこかで、戦争が起きていて、なんと200年もの間、戦争自体が途切れていないそうです。そんなモノ、僕が何を言おうが終わらないでしょう。最早終わりを望んでいないとも取れます。戦争で食っている人も沢山いらっしゃるでしょうから。だったらいっそ・・・、そう思っただけです。

犯人に対しては何も思うことはありません。連日のニュースで僕が気になった部分は現場に居合わせ、インタビューを受ける人々から想う、秋葉原の危うさでした。

何人ものインタビューをニュース等で観ましたが、顔が出る人と出ない人がいました。と言うことは、インタビューを受ける前か後に、『顔は出さないで下さい』と本人が言った、もしくは、TVクルーに『放送時顔出しOKですか?』と聞かれた、ということが想像できます。

顔出しをOKしたおじさん(50歳ぐらい)は、とっても興奮していて何か、どこか変でした。話し方も『要するに』を連発。要するに、は連発したら要するにじゃないです。擬態語・擬音語の説明が多く、非常に分かりにくかったです。

今度は別のモザイクありの人のインタビュー。若い痩せ型の青年で、とにかく興奮していて、こうこう、こんな感じで、と現場で倒れこむ被害者の説明をゼスチャー付きで話していました。この人も何を説明しているのかとっても分かりづらかったです。

どっちも共通しているのは興奮し過ぎな点です。確かに事件現場に居合わせて興奮気味になるのは分からなくはありませんが、危なさを感じずにはいられません。

秋葉原に来る人みんなが、危ない人、なはずがないのに、あれではそう思われても仕方がないと思います。ゲームをやる人全員が危ない人、な訳がないのに、そう思われても仕方が無いことは多くあります。

以前新宿の『とらのあな』に探しているゲームを見に行った時のことでした。いきなり僕はドーンという衝撃を店内で受けました。180センチぐらいの身長、正直かなりの太り具合、18ぐらいの青年?がなぜかは分かりませんが店内を走り抜けて行きました。凄い勢いでした。痛かったです。顔、と言うか目は完全にいっちゃっていました。何やらお目当ての商品のコーナーでブツクサ言っていました。店内は狭いです、走る必要性は僕には皆目分かりませんが、ダッシュをしてしまう時点で、常識は通用しないでしょう。

僕はオタクです。レコードオタクです。レコード店は、それら同人系を含むお店からは比べ物にならないほど店内は狭いことが多く、マナーが悪い人も多いです。店員もほぼ全員、『いらっしゃいませ』は言いません。客では目が怪しい人も少なくないです。僕のようにヒップ・ホップとかそういうDJ系の人が集まるようなオシャレなお店ではないお店に行くことが多い人間は、特に、まぁ、一言で言うと風貌からも『ダメ人間』具合がプンプンしている人が多く来ます。僕も言うまでもなくそういう風貌です。で、僕はそういうマニア、専門店によく行くのです。つーかもう20年ほどそういう店に出入りしています。が、ダッシュでぶつかってきてブツクサ言ってる人にはまだ出会ったことがありません。

これでは、オタクはダメだ、と言われても致し方ないと思う訳です。1人のそういう人のお陰で、全員がそう思われてしまう・・・。本当はそんなこと僕は思っていません。けど、これは何十年と続いてきた『大人』の見方です。

ここで僕は前回のここ、『笑いの力』(2008 5/17 23:41)にて後半に書いた部分を思い出す訳なんです。秋葉原を『世界の秋葉原』にした人として、村上隆が上げられます。村上隆が秋葉原の『光』の部分だとすれば、今回の事件は、世界に放送されたらしいので、『世界のアキバ』にした影の部分、と考えられなくもないです。『世界の秋葉原』と『世界のアキバ』とでは大きく違います。そこで触れた村上隆作品は、完全に秋葉原の生んだ文化が元ネタですから。

光があれば影ができます。当たり前のことですが、この影はあまりにもつよ過ぎる影です。光が強ければ影も濃くでます。あり得ない金額で落札された村上作品、そのあり得なさの光に十分過ぎる、あり得なさで影が落とされました。

進歩の象徴でもあると思うんです、『秋葉原』って。人類は進歩と同時に何かを失って来たし、今後もそうなんでしょうけど、そろそろちょっと止めた方が良いと思うんですよね。例えば、もういらないじゃないですか、別に。携帯電話も、パソコンも。どちらも無い時代の人間ですが、自分の生活は特に困りません。ま、そんなこと言ってもこうして書いているのもパソコンなんですけど。でも、なきゃないで全然僕は大丈夫です。

パソコンを持たないとか、社会の進歩を『いらない』と拒否する選択肢が、選べる場所も必要です。『逆・秋葉原』ですね。アーミッシュの日本版みたいな。だってMD、あれは何だったんですかね。MOとか、確かMO、230MBで3000円ぐらいしていた気がします。まだ8年前ぐらいの話ですよ。何だったんですかね、あれは。今度はブルーレイですか?いらないっつーの、もう。いい加減にして欲しいっちゅう話です。

その手の電化製品や携帯電話関係のことって、地デジもそうですけど、僕には『税金』に感じます。

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『笑いの力』

2008 5/17 23:41

鳥居みゆき、良いですね。

完全に北国のお顔と肌の色。イッてる風の見開いた目、半開きの口、裏をかく発言、すばらしいです。『今日は黒い服で統一されてますね』に対し、『はい今日は青で統一してきました』と返す。これは深いですねぇ、実に深いです。僕は仕事柄絵を人に教えていますが、以前生徒に半分本気・半分冗談で、『りんごが赤いなんて誰が決めんだよ、たまたま俺等には赤風に見えてるだけで、実は緑かもしんないよ』と、言ったことがあります。表面に観えていることに騙されないで、もっと根本(この場合は立体の部分ですね)、を観るように、というようなことを言いたかったんです、多分。白い紙に何も描かれていない紙芝居や、そこに付いてる意味のない仕掛け。最高に深く、ハイセンスな、計算されたネタと発言で、これがアドリブでポンポン出るのなら、これこそ頭の回転の良さはまさにプロ。あの表現のあの見せ方における『プロ』だということです。で、それを見つけ出し形にできることが、人前で何かをやる(プロ)、ということだとも思うのです。

で、昨日知り合いと久しぶりに会い話したのですが『あれって本物ですよね?』と聞かれたので、『何言ってんだよ、本物な訳がないでしょうよ』と返しました。言うまでもなく、本当におかしい人ですよね?の意味で聞かれました。いやいや、あれはパフォーマンスの一環でしょうよ、ということです。

勿論なんの根拠もないです。多分、と言うかかなりの確率でパフォーマンスでしょう。亀田親子、中田英寿の引退に繋がる対ブラジル戦直後の倒れこみ&涙、どれもパフォーマンスでしょう。絶対本人は『分かって』やっていますよ。あっ、多分です。

共通の分かりやすい言葉として言います。本物の人を仕事柄目にしますが、僕が観る範囲内での本物の人は、自分が本物であることに恐れ、おびえ、できるだけ周りと自分が浮いていないかを必要以上に気にし、ましてや人前に出て何かをやろうなんて考えても、やはり行動には移せない、と言った感じです。本物がゆえにそれがコンプレックスで、それを上手いこと逆手にとって逆の方向に向けられない人、です。向けられないからこその本物、なんだとも思います。

本物、と言うか、隙間な人ですね。全体から見たら『隙間』や『間の人』になるということに、今、気が付きました。なぜなら、本当に本物な人は自分がおかしい、ということにさえ気づかないでしょうから。気づいてるいる、自意識がある時点で、病院に入るようなレベルではない、ということになります。この後も本物、と書きますが、『隙間の人』や『間の人』でも同じ意味です。

偏った部分の蓄積を吐き出すための表現や技術は、それらが自分に身につこうが身につかなかろうが、人前に立ち何かをやるという、ある種の『非現実的』な状況に自分を置ける時点で、『並』の部分が多分に同一線上にないとできない、と思うのです。して、人前に立つ場合は種類にも寄りますが、表現がなんであれ、この『並』の部分もとても重要だと思うのです。偏った部分の蓄積と、誰もが理解できる部分とのバランスです。よく耳にする、友達が一人もいない過去、なんていうのは全く珍しくもなく、それらをもバネにし何かを・・・なんていうのは、所詮こっち側(本物の、入院する必要のある状態)から観れば『ごく普通』なことでしょう。

何かを人前に出てやる、ということは良かれ悪かれパフォーマンスは必要だと思います。

昨日久しぶりに会った知り合いはこう続けました。

『自分の会社の後輩に某美大出身の子がいて、学生時代、感情を抑えられなくなり裸で学校中を走り回るヤツがいたんだけど、そのうち周りもそいつはそういうヤツなんだ、と理解し出したんだって、そういう感じの人、美大にいたりした?』、と聞かれました。

僕もその少年とお仲間?的に観られたら嫌だなぁ・・・、大変申し訳ないんですが、正直まずそう思ったんです。その少年を僕は知りません。その行動はパフォーマンスだろうな、と思うのです。絶対。あっ、多分。理由は上記した通りです。

表現の種類によりますが、このパフォーマンスの部分が『嫌味』に僕にとって感じる場合と、『自然』、あるいは『嫌味に感じない』場合とあるんです。で、その少年の行動、僕には嫌味に感じてしまうのです。知らない人のことを言って本当に申し訳ない、と思うのですが・・・。

銀杏BOYZの峯田和伸も、ライブで上がり過ぎて骨折したり、性器をさらし捕まったりしているようですが、僕には嫌味に感じてしまう種類のモノなんです。勿論直接話したことはありません。ファンの方には大変申し訳ないんですけど。ことアート、芸術にその部分が見え隠れするのは非常に微妙です。ただ、『並』の何かを見せられてもアートは面白くない、これも分かります。僕は基本的に、『こういうモノでなければならない、なんていうものはアートにあってはならない』、と思っています。アートとはこういうモノ、がもしあると、アート自体の未来がなくなるのです。栄えないし進歩もないでしょう。

人間(メディア・客、でもいいです)は飽きっぽいですから、その表現が過激になる(パフォーマンス含む)、これは誰も止めることはできないでしょう。この部分が、僕の言う『嫌味』に繋がり加速することを増徴しているように感じます。

極論を言えば、オリンピックがあるのに対しパラリンピックがある、差別ではなく『別』にちゃんとあるじゃないですか(義足の選手が短距離でもの凄いタイムを記録し、オリンピックに出場してもいいのでは?という議論になっている、というニュースを昨日たまたま見ましたので、今後はオリンピックもパラリンピックもなくなる可能性がありますが)。でもこれをアートではできないと思うのです。アートで言えば、知的障害者の描く作品(この場合は絵)と、健常者の描く作品。この2つを別にも一緒にもできない。なぜなら点数や秒数など、スポーツのように全世界の人々が共通で理解できる答え(数字)による結果が、出ないジャンルであるから。好き・嫌いで判断するしかない、それでいいんですけど。また、『アール・ブリュット』に関することは一切今回は触れません。定義に無理があり過ぎです。

ピカソはかつて『子供のように描けるようになるのに、一生かかったよ』と言いました。

一生かかっても子供には勝てない、勝ち負けじゃないですけど。子供が目標というのなら、子供が本物で、ピカソは子供でなくなったからです。つーか小学生を子供と考えた場合、ピカソほどこの行為が難しい人もいないんじゃないかと思います。なぜなら以前、ピカソが8歳の頃に描いたデッサンをピカソ展で観たことがありますが、物凄く上手かったです、言うまでもなく。8歳といえば日本では小3、十分子供だと思うのです。でもピカソ、この時点で凄いデッサン力、子供のように描きたいと思う前に、本人が子供みたいに描けていた時期が果たしてあるのか?と思う次第です。あのレベルまでいくと、一番自分にとって不可能なことを追求したくなるんでしょうかね。

子供には勝てない、ここまでは当たり前のことです。よくドラマとかでも言われる、子供を出すと絶対良いモノになるからズルい、みたいな意見に似ています。この当たり前な事実は、モノを作る人間にとって危険性もはらんでいます。

『子供の絵が目標なら、小学生に描いてもらって持ってくればいいじゃん』

に対し、

『勿論子供になんてなれない、それは分かってる、でもさ、頑張って俺は子供に近づきたいんだよ・・・(で、それにはパフォーマンスが必要なんだよ)』

とでは、明らかに後者の考え方の方が、パフォーマンスの部分は置いといても、人として幸せに感じます。で、表現に『不可能』はない、と基本的に僕は考えています。態度の部分は分かりますが、パフォーマンスの部分が気になります。凄く表面的に言えば派手な、キレぎみパフォーマンスです。自分がやる場合を想像しますと、不自然に感じるから。僕がそれに近いことをやってみたとして、自然に感じる部分は髪型だけかな。腰まであるロン毛なので。ほぼ、サダ子です。このロン毛に絵の具を着けて暴れながら絵を描くとか・・・絶対違うよなぁ・・・。

子供みたいな大人、これが限界?大人は全員以前は子供だった訳で、子供みたいな大人は結構いると思いますが、ハッキリとした何かを境に大人になる人もいれば、なんとなく大人になる人もいます。とにかく、子供ではなくなるし、子供と同じ感覚・頭で描ける大人がもしいるとするならば、基本的な人間生活はズッ~っと、送れていないはずです。要は、入院が必要なレベル以外の場合は多分恐らく、分かってやってる、範囲内でしょう。

パフォーマンスとは、全部ではないですけど元になる何かがあり(例えば、亀田親子で言えばヤ●ザ風だったり、鳥居みゆきのように病気風だったり)、その表現がスムーズか不自然か、その指針を示したかった訳なんですが・・・示せるはずもありませんでした。結局指針なんて人の好きずきなんですね。

一つ言えることは、笑いの力って物凄いです。鳥居みゆきが嫌味にならないのは、僕の好き・嫌いと言うよりも、単純に媒体が『笑い』だからだと思うのです。笑いの方向に持っていかれると、僕には自然と入り込むようです。村上隆の作品『My Lonesome Cowboy』が、16億なんていうとんでもない金額で落札されました。僕は今40歳なんですが、僕より上の世代で、『村上隆良いね』、という人に業界でお会いした試がありませんが、僕は村上作品の中でこの作品のみ好きです。厳密にはそれと対になっている、連作ともとれる『Hiropon』と、2点ですね。この2作品を超える作品は今後村上作品からは出ないのではないかなぁ・・・と思うぐらいです。なぜならこんなブラック・ユーモアな(お笑いな)作品はないと思うのです。だって髪の部分、立体だっつーのにハイライト塗ってありますから・・・、アホですよ、アホ。最高です。自分の大好きな世界を、客観的に観ることができないと出てこないアイディアです。

メディアの中心をコメディアンの人が多く占めているのも、なんだか納得してしまいました。

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『オリジナリティー』

2008 4/16 22:21

2005年、漫画家の末次由紀が盗作(主に他の作家や雑誌写真のトレース)しているのではないか?とネット上で話題になり、そこから編集者が確認、本人が認め、当時連載していた作品を打ち切り・単行本は絶版、書店からの回収、になった事件がありました。

僕は当時、ジャンルは違えどこの事件をいろいろな意味で考えました。ある意味これは僕に、いくつかの『読解力』を養うきっかけを与えてくれました。

まず、疑惑の発端はネット上だったということ。作者と言うか編集部は元々『これ○○っぽくない?』という疑惑や疑いが同連載誌の他作家から言われたり、同内容のファックスが編集部に届いたりという、指摘がありました。編集部はそれを流したようです。ネット上で騒ぎになり編集部も動かざるを得なくなって、言ってみれば重い腰を上げた形です。同誌連載人が気にする、これはとてもよく分かるんですが、言ってみれば外野であるネットの住人が騒ぎ、それに反応を示す必要があったのかな?と思います。元ネタになった作家が何も言っていないのであれば、法的に盗作にはなりません。結局本人が認めて、連載をやめ、いわばクビになったのです。しかしながら担当編集者はクビになったとか、編集長が辞任した、などの話はなかったように記憶しています。どんな事情があれ、作家しか責任がないなんてことはありえません。倖田來未の発言も同じです。ラジオ番組の制作サイドの責任は全く無いのか?と。今調べたら驚いたことに、2007年3月・読み切りにて末次由紀、復活しているのです。ということは事件当初から、『どうせ外部が騒いでるだけ、ちょっとすりゃみんな飽きるよ、ほとぼりが冷めた頃を見計らって復活すればいいよ』、と話し合っていたと考えてもおかしくはありません。

そもそもプロとして(仕事として)トレースをすることが悪いことなんでしょうか?こんなこと言いつつ確かに自分はやりませんが。トレースを『悪』とする定義はかなり難しいと思います。

僕は絵を専門学校で教えたりもしています。学校にもよりますが、学校側からこれをやってくれ、と言われ課題に関しては僕が決められないのです。その関係で写真を持ってきてトレースしていく課題をやってもらったりするのですが。そのクラスは絵を直接仕事にしていくクラスではないので『トレース』なのです。たかがトレース、されどトレース。トレースしてお前これかよ、って人もいれば、綺麗に寸分の狂いもなくトレースする人もいます。たとえトレースでも上手、下手があるってことです。コピーバンドでも上手い・下手があるのと同じです。ネット上ですが、僕が観た限り末次由紀のトレースのセンス、すばらしいです。そりゃそうです、いかなる理由があれデビューしているプロの方ですから、上手くて当たり前なんですけど。ただ写すだけでなく、微妙に自分の絵にスライドしているアナログモーフィングな感じが非常に上手いです。勿論問題はトレースの上手い下手ではなく、なぜトレースをしてしまったのか、気持ちの部分、というのは分かります。あえて言ってみました。ですが、そんな部分はいくらどう説明したって、本人にしか分からない部分だと思います。

Hip-Hop。このジャンル、トレースどころかマンマです。なにせサンプリングですから。しかも曲によっては、ほとんど作詞しかしてないでしょうよ、なんてモノもゴロゴロあります。特に僕の好きな黒人音楽の場合、リズム体、最高のベースラインやリフなど、わずか1小節の長さでもかなりカッコ良く、それを繰り返すことがその曲自体の良さになっているような曲もたっくさんあります。で、そんな原曲のそこだけ引っ張ってきて、言葉を乗せて曲を作りました、とくる訳です。世界で一番サンプリングされていると言われる、JBのドラムパターンなんてどれだけサンプリングされているのか・・・、もはやJB本人も生前把握できていなかったと思います。JBの事務所で今も働く人だってきっと分かってないと思います。そもそもJBがというより、JBのバックを支えたドラマーにお金が入らないことには・・・、とさえ思います。それほどあのドラム(JBの沢山の音源のドラム)は特徴的です。特に『Funky Drummer』のドラム、Clyde Stubblefield、すばらしいです。もしかしたらClyde Stubblefieldにいくらか入っているかも知れません。すいません、アメリカのことなのでよく分からなくて。まぁ、お金が入る・入らないのことはまた今度。

Hip-Hopは特に、トレースのセンスが良い、と同じく、サンプリングセンスがかなりの比率で評価されるジャンルだと思う訳です。勿論全部とは言いません。元ネタをチョイスするセンス、味付けセンスもありますし。作詞の部分もありますから。それは漫画の場合ストーリーに置き換えて言うことができるので、益々近いことを感じてしまいます。この辺はどうなんでしょうかね?勿論あえて言っています。Hip-Hopは大好きなので。

ここが一番大きいのですが元ネタの井上雄彦、上田美和が一切何も言わない場合、もう一度言いますが法的に『盗作』にはならないということです。騒いだのは一般の方々、ということは、みんながいかに満たされた生活を送れていないか、ということだけが浮き彫りになるばかり。井上雄彦は気にもとめていないと思います。勿論僕は本人の知り合いでもなんでもないです、あくまで想像ですが。満たされている・いないに関わらず、本人も何をもってして『オリジナリティーというのか』なんて、本当のところは分からないということをよく分かってる、からだと思います。

ということでこの曲を・・・、

Funky Drummer (Bonus Beat Reprise)/James Brown
http://jp.youtube.com/watch?v=8G9UV3kNoIQ

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『おばちゃん55歳ブーちゃんおデブちゃん先生』

2008 3/20 11:25

約12年ぶりに歯医者に行きました。

なぜそんなにも行かなかったか。それには多少の(考えようによっては大きな)理由があります。誇張なし、正直に事実のみを書きます。

24歳の頃です。親知らず上下2本、計4本しっかり生えてしまい、それの影響でその手前の奥歯が1本、痛くなりました。当時住んでいたアパートの後ろが開業医でして、近いから、という理由だけで訪ねて行くことにしました。

おばちゃん、55歳ぐらいでしょうか、大変に申し訳ないし申し上げにくいのですが、かなりのブーちゃん顔、勿論おデブちゃん、の先生が出てきました。で上記した通りの症状を話し、抜くのは嫌ではないので親知らずを抜いてくれ、と言いました。抜く前に手前の歯が痛いならその歯の神経を抜いちゃいましょう、と。向こうは専門、こっちは素人、まぁ仕方ないな、とその治療に従いました。が、全然痛みは取れません。それを告げても、おかしいなぁ、と言うばかりで、行く度にほじくられ、神経を抜かれました。全14回ぐらいでしょうか。

それでも前の歯の痛みは取れません、自分でもおかしいなぁ、と思うんです。神経抜いてるのにもかかわらず、なぜかしみるような痛さが取れません。痺れを切らした僕は、

『いいから親知らずを抜いてくれよ』

と、気持ち強めに言いました。すると、『あたしには無理です、大きな病院の歯科医師に紹介状を書きますので、そっちで・・・』と言われ、『だったらなぜそれを最初に言わないんだよ』と言ってしまいました。その時の『おばちゃん55歳ブーちゃんおデブちゃん先生』が、どんな顔をしたかはもはや記憶が薄いのですが、もう来ない、と言い、そこに行くのはやめました。

関係ないけどその家(歯医者)は犬を飼っていましてね、そこそこ大きめの犬でして、犬小屋が庭にありました。犬君は相当の長生きだったのかいつも元気がなく、毛の処理もされておらずボーボーでみすぼらしく、汚れていて、正直、犬君のビジュアルがその歯医者を物語っていました。今思い出してみると。

ちょこちょことなるべく長く治療し、いわゆるヤブ、というのはいるんだな、と実感しました。親戚に内科医が多いので、そんな医者はいない、と信じていた僕がバカでした。親戚の医者達はクソのつく真面目さ。確かに、疑問があったら従わずに、自分の意見をちゃんと言わなかった僕にも責任があるかもしれません。ま、しょっぱな抜いてくれ、とは言ってあるんですが。

次に引っ越した先で、別の歯医者に行きました。そこで以前の歯医者の話をしました。僕もバカで、開口1発目で『以前の歯医者がヤブ医者でして』と話し出してしまったら、『なんてこと言うんだ君は!!』と逆ギレ。同業者に対する、または、自分と同じ同業者をバカにされ、自分が言われたような気分にさせてしまったのでしょう。その美しい同業者魂は尊敬に値しますが、僕の治療をしていくうちに、『確かに、この治療は良くないかもしれないなぁ・・・神経を抜いた意味がないかもしれない』と。当時で35歳ぐらいの男性の歯医者でした。ただ、その医者が言うには、変な方向に生えていなければ、別に噛み合わせ的に問題なければ、親知らずを無理に抜く必要はない、と説明してくれました。そこではじめてそういうこともあるのか、と思いました。親知らずは生えてきたら全部抜くもんだと僕は思っていましたので。

僕は栃木出身でして東京の歯医者事情がよーわかりません。ネットなどの『どこの病院が良い』的な書き込みなども基本的に信用していません。やらせがあるかもしれないし。地元民しか分からない、評判とかって絶対あると思うんです。で、また、知らない歯医者に行って、そんな目に合うのはごめんなのです。

そんな流れで歯医者に行くのがとにかく嫌になり、こんなにも行かなかった訳なのです。

今までは住んでる場所が落ち着かなかったんですが(ここには長く住まないだろうな、と思って住んでいたので)、今住んでるところはしばらくいるつもりで住んでいます。たまたま、仕事でお世話になった方が超近くに住んでいまして。その方は子供の頃からの地元民。なので信用できるのです。良い歯医者を聞き、教えてもらいました。そんで行って来ました。流石に、何も文句はありません。受付で『昨日電話したもので○○と言いますが・・・』と言った瞬間、聞こえていたようで医者がじきじきに挨拶に来てくれました。説明もちゃんとしてくれて、インフォームドコンセントもバッチリ。

一つ分かったことは、ブスだから性格が良いとか、真面目そうに見える奴が真面目とは限らないとか、そういう至極当たり前のことを再確認しました。

それで思い出しましたが、『消えた年金問題の人柄基準』、あんなバカな話があるかっつーんだよバカタレ、納豆に激突してお前ら全員死んでしまえ、です。僕のビジュアルは一般的には印象、非常に良くないです。40にもなって腰まであるロン毛、サイケな柄シャツ、ベルボトムパンタロン。僕とその『おばちゃん55歳ブーちゃんおデブちゃん先生』が役所で並んだら、100人中100人が、絶対『おばちゃん55歳ブーちゃんおデブちゃん先生』の方が人柄が良い、と判断を下すことでしょう。

因みに家がアホみたいに厳しかった家庭で育った僕は、『あのドラマ、流行ったのいつ頃でしたっけねぇ~』の質問もほとんど答えることはできません。あのマニュアルを作ろうと最初に言った人と作った人、浅瀬に飛び込んで死んでみたまえ、です。

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新しきデジタルとアナログと教育と君と。

2008 2/16 1:14

『イラストレーターとフォトショップって3日間で習得できるモンなんですか!?3日間習得コースみたいなのがあったんですが・・・デ○タ○ハ○ウ○ドって学校は凄いのですか?』

と、元・教え子から、真っ直ぐ過ぎるアホ(良い意味で)メールが来ました。これは、○の部分以外、そのまま書いてみました。

笑いそうでしたが笑えませんでした。宣伝とはこういうものです。えぇと、正しくは、

『ある意味では3日でOKですし、ある意味では3日でOKではありません』

が正しいです。

地デジに変わります、って草薙くんが盛んに言ってるけど、それでお終いじゃないですか。

『地デジに変わるよ、けど、1~2万円ぐらいでモデム買ってもらうことになるけど宜しくね』

が正しい言い方。暇なクレーマーはここ突っ込めよ、と思います。

CMやポスターで観るマックのハンバーガーが、実際出されるハンバーガーと違うとか。じゃ喫茶店のサンプルアートはどうなんだ?とか。店頭のサンプルでは海老フライが宙返りしてるけど、実際は宙返りしてないじゃないか?と。そこまで行きますぜ。

そんなことはみんな分かってることじゃないですか。いまさら騒ぐこともない。逆を言えば、クレーマーはそういうところちゃんと突っ込めよ、と言いたいんですけどね。というか、そういうクレーマー的な人、基本的に僕はあまり好きではありません。よほど満たされていないから人のことが気になって仕方がない、そして何かあれば人のせいにするような人、に思えます。勿論何の根拠もないです。勝手にそう感じてるだけですけど。

話が逸れました。

あまりいないと思われますが、万が一知らない人の為にとりあえず言いますと、イラストレーターとはソフトの名前です。で、僕の仕事はフリーのイラストレーターです。こっちは職業名としてです。

僕は今現在39歳、初めてプロとして仕事をしたのが24歳の時ですから、当然時代はアナログでした。僕が28歳ぐらいの時でしたかね、これはもうデジタルも覚えないと、と感じ、Macで一通り揃えました。早くからデジタルに移行していた知り合いに来てもらい、安いけどこれで勘弁してくれ、と少ないギャラを払い(後でもめるのは嫌なので)、とりあえず『手描きで描いた線画をスキャンしてデジ上で色づけする』、これだけを教わりました。これだけ、単純に流れを教わるだけなので、3日どころか約1時間ぐらいでした。教わるというか流れをメモっただけなんですけど。

よって、3日で習得できる(約1時間、でもいい)、は、この場合OKになります。

付け加えるなら、プロとしてそれまでに何年間か手描きでやってきたという下地と、線画をスキャン→色づけ、という作業が最低でもできればとりあえずOKという、目標がハッキリしていたからということ。さらに、これが一番大きいのですが、『仕事だからやるしかない』という、切迫感・緊張感・根気度、ですね。それら全てが重なったからこその約1時間、だったのです。とはいえ、その日は1日中いじり倒していましたけど。さらに付け加えるなら、ほとんどこの作業だけで、その後特別にそれ以外の技術を知らず、今でもやっています。それ以上のことをやりたくなってきたら、時代はイラレに移行してしまい(特に僕のやっているような雑誌・書籍の媒体は)、イラストレーターを使うことが多くなり、フォトショはそれ以外の使い方を知りません。きっと100のうち2ぐらいしか知らないで10年以上やっています。それでも困ったことはほとんどありません。全体的には、絵が重要であって、画材が重要な部分で勝負していないような職業だからです。

実は、先妻が(以前は既婚でしたので)行きたいというので、一緒にデ○タ○ハ○ウ○ドの体験入学に一度行ったことがあるんです。昨日までニッ○ンで車売ってました的な、コテコテの人が感情ゼロでマニュアル通りの説明をしてくれ、実際の授業風景を10人ぐらいでゾロゾロ観に行って終わりました。因みに車の営業職をバカにしているのでは決してないです。当時、相当な人気で人数も多く、とにかく先生が大変そうでした。40人ぐらいのクラスで、先生がCCBが付けてるようなマイクを付けて授業(あれは授業なのかなぁ)をしていました。後ろの方の席の人はジャンプ読んでる人もいました。ある意味隠してなくてすげぇな、と思いました。これは否定しているのではありません。事実を言っているだけです。さらにこれはもう約10年以上も前の話です。今現在は全く分かりません。良くなってるかも知れませんし、より悪くなってるかも知れません。

その子にはこう伝えました。

『一番良いのは、教えてもらえる知り合いに、安くてもいいからちゃんとお礼して教わる。それができないなら、今ネットでデ○タ○ハ○ウ○ド調べたんだけど、「2ヶ月(20回で20万ぐらい)でマンツーマンのコース」があるから、そういうのが良いんじゃない?』

と。

若い子と関わっていて思うんです。そうなった場合、本当に教わる人脈がない子もいるんですよね。結構多いと思います。何で教えてもらえるような知り合いや友達がいないんだよ、とは言えませんもんね。そういう場合、学校に通うしかない。別に学校に通うことを悪いと言っているのではないのです。デジタルの為に一番必要なのは、結局、教わる『人』という、超アナログな部分が一番大事である、ということです。デジタルを考えたのも、教えに来てくれるのも『人間(アナログ)』なのです。

また、知り合いに教わる場合の問題点、デジタルに詳しい人は、詳しくない、あるいはアナログな人をどこかバカにしているようなところがあって、教え方が上手くないと言いますか。言うまでもなく勿論全員ではないです。そういう人が確率として多いと思われるのです。分かりますよ、イライラしちゃう気持ちも。けど、意味不明の横文字とか難しい(ホントはそうでもない)言葉をあえて使ってみたりして教えても、お互いに悪循環になるだけです。

そうなってくると、知らな過ぎるアホ度と同じくらいに教えてる方もアホに思えます。

さて、話があっちゃこっちゃして、さらに長くてすいません。主題はここからなんです。

一番僕が『?』な部分。その、デジタルを『教わる』という、部分なんです。文中、オレンジ色にした部分です。デジタルの場合『教わる』とか授業と言うより、流れを知る、という方が正しい言い方で、要は『取り扱い説明書』と同じなんです。だからCCBマイクなんだと思うし、僕もメモる、と書いたのです。例えば、配色の感性の部分や感覚を養う、とかからはかけ離れています。

これは言うまでもなく、授業とか何かを教わるとか、ましてや教育とかそんな大げさなモノでも何でもない。よって逆に言えば、

授業ではなく、『取り説』を噛み砕いて説明してもらうからこそ、お金を払って学校に行く必要性がある、

という、いかにもデジタルに見合った考え方なのかも知れません。

そうなると今後、より学校や教育という概念が変わっていくことでしょう。ただでさえ、教育が難しい時代になっているのに、取り説で時間のほとんどを取られてしまう学校ってのもなぁ。で多分、この雰囲気は増えて行く一方だろうし、中学校・小学校へと下がっていくことでしょう。

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『サッカーの試合観て我がフリ、考え直す』

2008 2/06 22:17

いきなりですがね、皆さんはThe Boomの宮が山梨生まれで沖縄出身ではないのに、沖縄音階を多用して作られた大ヒット曲、『島唄』1曲で、世界中を回っていることについてどう思われますか?なんて、どうでもいいことですけど。

さて、僕的レア・グルーヴも50回を終え、今日はちょっとコラム的なことにしてみます。

話は変わりますが・・・。

サッカーの国際試合だと応援し、Jリーグを見ない人をエセファンだ、とよく言われます。まさに僕がそうなんです。なぜなら『国際試合だと燃える』のではなく、国際試合だと『自然』に見え、Jリーグだと『不自然』に見えるのです。もっと言うと、さっきまでまさにTVでタイとやっていましたが、アジア人のサッカーが僕には『不自然』に見えるのです。Jリーグも随分と外国人選手がいますので最近はあまり感じなくなってきましたが。

僕はドラムをもう何年もやっていることもあり、パーカッションもやります。特にジャンベをやるのですが。基本的にドラムのようにスティックを使わず、直接『手』なんです。ジャマイカンレゲエの世界を描いた映画『ロッカーズ』(1978年)のオープニング、『サッタ・マッサガナ/ジ・アビッシニアンズ』が流れるのですが、メンバーに相当なお年を召したオジサンがいまして、ジャンベを小ぶりにしたようなパーカスを叩いているんです。その音がメッチャ良い音しているんです、乾いてて。

僕はそれを観て愕然としたんです。

全然大したことしていないんです。ホント、ただ叩いてるだけなんです。しかもハッパ吸いながら。正直僕の方が技術的には上だと思います。でもそんな、技術とかではないんです、重要なのは。ドラムでは1発のスネア音、パーカスでは1叩きした時の『パン!!』って音。打楽器で重要なのはこれだけ、と僕は思っています。そのオジサンと手の形、デザインが違うのです。人種が違うから当然なんですけど。もう骨の形から違っているんでしょうね。ただ叩いただけの『パン!!』が、全然違うのです。気候や天気、光、なども作用するとは思いますが、これはもうどうしょうもない。スティックを使うドラムならまだしも、手で直、なのでどうにもなりません。勝てないし、努力で手に入るものではないのです。向いてないってことです。人種的に。

この話にサッカーが当てはまるかは微妙ですが、遠くはないと思うのです。向いてないと思うんです、特にポジションで言うとフォワード。または、まだ歴史が浅い分、追いついてない、というか。あと何十年もすれば追いつくかも知れませんし、何十年経っても追いつかないかも知れません。

それを踏まえた上で、日本人のやるヒップ・ホップ、特に Yo Yo とか、ピース とか。あの違和感。僕はオッサン意見を言っているんでしょうね。アフリカ人でもないのにジャンベをやっている僕も、アフリカ人が観たら、その『違和感』になってしまうことでしょう。かと言って、今更和太鼓やればいいってことでもないし。

そう言えばJリーグ発足とヒップ・ホップの台頭は時期が重なります。

歴史と感覚。この2つなんだと思うのです。

まだ歴史が浅い分目が慣れてないんでしょうね。あとは○○人しか○○な音楽はやれない、なんて決まりはどこにも無いわけで。山梨生まれの人が沖縄音階を沢山使って作った曲、それを沖縄の人が聴いてもカッコ良い、と感じれば、もう大成功。

因みに僕はヒップ・ホップも『島唄』もアジア圏以外のサッカーも好きです。

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